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8.


「あいにく、そう云うわけにもいかねんだ」
「へ?どうしてよ?」
首を横へと振る俺に、女は尚も訝しげに眉を顰める。
「幾ら花魁て言ったって、よもや見世に通うだけで何十両とお金が掛かるわけじゃあないんでしょ?だったら、別に…」
「かもしれねえ。けどな、アイツ。…何でも蔵前にある大きな札差の旦那の後添いに・って、落籍(ひか)されることが決まったんだと」
だからもう、今更俺の出る幕はないのだ、と。
肩を竦めて明かしてしまえば、唖然と目を丸くした目の前の女は。
「何それ、すっごい玉の輿じゃない!」
と、そのものずばり、噴出したのだ。
「つか、笑うなよ」
「うん、ごめん。でも良かったんじゃない?いいひとに落籍されることになったみたいで」
「まあな。しみったれた一膳飯屋なんぞに落籍されるよりは、よっぽど暮らしは楽だろうし、苦労することもねえだろうしな」
「いやいや、そーゆーんじゃなくって。『お妾』じゃなくて『後添い』なんでしょ?ちゃんと奥さんとして迎え入れたいって思うぐらいには、その旦那に惚れられてるってことでしょう?」
「……あー。まあ、言われてみれば、そう云うことになるんだろうな」
「なら、大丈夫。きっと大事にしてもらえるわよ、その子。幸せになると思うわよ?」
うふふと笑う、目の前の女の発した確信溢れるその言葉には、俺としても素直に頷くより他なくて。
結局、渋々認めていた。
…これでよかったんだ、と。
諦めざるを得なくなったのだ。
「それにしても。やっぱりすごいのね、吉原でお職まで張るような花魁の落籍先が、蔵前の札差って」
あたしがこれから行くようなところじゃ、残念ながらそんな話はトンと期待できそうにもないわ、と。
あっけらかんと笑って言った女の言葉に、何とも引っかかるものを感じて、蕎麦を啜る手を一瞬止める。
窺うように見つめた先、俺の視線に気が付いたのか、女は苦い笑いを浮かべると。
「身売りするのよ、実はあたしも」
どうにもこうにも借金がかさんじゃってね、と。
少しだけばつが悪そうに切り出した女は、その時になって漸く俺へと、自身の身の上を語ったのだった。







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あきゅろす。
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