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7.


苦界から救い出すなど、夢のまた夢であると、否応にも思い知らされて愕然とした。
二十両ですら今の俺には手が震えるほどの大金であるのに、何百両もの金など到底用意できる筈もない。
恐らく…きっと、死ぬまで俺が働いたところで、手にすることは叶わないだろう。
(最早世界が違うのだ)
その、夢のまた夢のような大金を、湯水のように使える輩が数多この吉原の中に居て。
その金を、湯水のように使わせる女のひとりが彼女である、と。
思うと同時に恐ろしくなった。
この場に――大門の内にいることが、酷く場違いのような気がして。
酷く居た堪れなくなって。
泣きたいような、苦しいような…胸の痛みを憶えたのだった。
気付けば逃げるようにその場を走り出していた。




*
*


以来、まるで気抜けたように、仕事にも身が入らなくなっていた。
唯一の身内も亡くなり、目標だった幼なじみの身請けも叶わないと知り、半ば投げやりになっていた。
――だから今、目の前の女が言うことは、概ね正しい。


「別に世を儚んでたつもりはねえが、生きる意味を見失って、自暴自棄にはなってたかもな。…少しばかり」


自嘲混じりに「く」と笑った俺を見て、困ったように笑ったおんなは、けれど「羨ましい」とため息を吐いた。
「…羨ましい?」
「うん。アンタみたいな男にそこまで想われて、なんかそーゆーのって、ちょっといいな…って、思うわよ〜」
「ハッ!身請けだってしてやれねえ、金もなければ甲斐性もねえこんなガキに想われたところで何になる?自由になれるワケでもねえし、恩返しに助け出してやることも出来ねえんだぞ」
「そりゃあ…そうかもしれないけれど、きっとそれを知ったら心の支えになるわ。自分の為に身を粉にして働いて、請出そうとしてくれてたなんて、女冥利に尽きるもの」
だからやっぱり羨ましい、と。
肩を竦めて少し笑った女は、残った蕎麦を音もなく啜る。
身請けは無理でも、顔ぐらいは出してあげたらどう?と。
尚も俺へと登楼を勧めたのだ。
「それに、ほら!例え今すぐの身請けは叶わなくても、身請けの為に貯めたお金があるんだったら、それを使って会いに行くことぐらいは出来るでしょ?それかいっそ、年季が明けたら一緒になる約束を交わすとか、そーゆー方法だってあるじゃない」
だからそんなに落ち込むことないわよ、と。
慰める女に苦笑が浮かぶ。
…ああ、そう云えば。
肝心なことは何も話していなかったか、と。







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