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5.


暮六つを前に店を閉め、逸るその足で俺が吉原の大門をくぐったのは、つい先だってのことだった。
俺なんぞがおいそれと足を踏み入れていい場所でないことぐらいわかっちゃいたが、どうしても行かねばならない理由があった。
…会いたい女がいたのだった。
嘗て近所に住んでいた、ひとつ年上の幼なじみ。
やさしくって朗らかで、おせっかいなほどに世話焼きで。
早くに親を亡くした俺の面倒を、近所のよしみか小さな頃からよく見てくれた。
姉のように慕っていた。
けれど、三年ほど前のことだ。
突如彼女は俺の前から姿を消した。
父親の作った借金のかたに、吉原へと身売りされたのだった。
錺(かざり)職人だった親父さんは、腕は確かだが飲んだくれの博打打ちでもあったから、度重なる賭場通いで借金がかさみ、とうとう首が回らなくなったらしい、と。
のちに近所の噂話で耳にした。
――売られた先は、吉原の半籬。
その後間もなく彼女の家族は、息を潜めるようにひっそりと、荷物をまとめて引っ越していったと云う。
売られた彼女は、見捨てられたも同然だった。
だから俺は苦界へと身を落とすより他なかった彼女のことを、いつか助け出したい、と。
子ども心に思って金を工面すべく、身を粉にして働いたのだ。
実家は小さな一膳飯屋で、俺とばあちゃんのふたりきりで切り盛りをしている。
家族ふたり、食うには困らない程度に繁盛してはいるけれど、だからと云って吉原の女郎をひとり、軽く身請け出来るほどの余裕なんてものある筈がない。
況してや俺はまだその頃十四のガキで、板前としての料理の腕も半人前で…。
だから必死になって仕事を覚えて、料理の腕を磨いて。
いつか彼女を救い出すんだ、と。
世話になった恩返しをするんだ、と。
そのためにこの三年、死に物狂いで頑張ってきた。
――そんな矢先のことだった。
たったひとりの身内でもある、ばあちゃんが死んだのは。






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あきゅろす。
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