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2.


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一年前の、あの日。
両国橋の袂で、ひとり欄干から身を乗り出してはぼんやり川面を眺めていた俺に、声を掛けてきたのは確かに女の方だった。
「何か面白いものでも見える?」
屈託のない眼差し。
大きな瞳に、長い睫毛。
少し厚めのくちびるは、ふっくらとした弧を描く。
目を瞠るに相応しい、婀娜できれえな女であった。
だがその見た目とは裏腹に、少々頓狂な口を利く。
顔を見た早々俺へと向けて「あら、男前」とのたまったのには愕然とした。
と云うよりむしろ、唖然とした。
挙句、どこかからかうように。
「こおーんな男前がこんな時間にぼんやり川を眺めてるなんて、なんとも寂しい限りねえ」
うっかり妙な手合いにかどわかされても知らないわよ、と。
まるで小さな子ども扱いされたのも業腹だった。
なるほど、確かに女は俺より少しばかり背が高く、見るからにふたつみっつは年嵩に見えた。
けれど俺の機嫌を損ねたことにすら頓着せずに、尚も俺へと問い掛ける。
「まさかと思うけどアンタ、世を儚んで身投げでもする気じゃないでしょうね?」
「…な!ンなわけあるかっ」
「あらあ、だってすっごいしょんぼりして見えたわよう、アンタの背中!」
「っべ、つに…そんなんじゃ」
そんなんじゃねえと否定するのに思わず口ごもってしまったのは、傍らの女に見事なまでに言い当てられたからに他ならない。
だが女はそんな俺の動揺にすら気付くことなく、なんだ違うのと存外大人しく引き下がる。
それから俺に倣うかのように、欄干の向こうに僅か身を乗り出して、川面をじっと眺めたかと思うと。
「むしろ今すぐにでも身投げしたいのはこっちの方よと思ってむしゃくしゃしたから、邪魔してやろうと思って声掛けたのよね、実はあたし」
そんな予想外のことを口にしたから、言葉を失くした。
「だから違ったんなら悪かったわね。じゃ、行くわあたし」
アンタも早く家に帰りなさいよー、と。
あっけらかんと笑って踵を返すから。
気付いたら衝動のように手を伸ばしていた。
去り行く女の腕を捕らえていた。







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