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殺戮は夜鳴く獣の慟哭 2


松本乱菊が死してから、早十数年の時が経つ。




――否。正確には死んだわけではないのだが、虚との戦いの最中で傷を負い、意識不明の重体となった。
そのまま未だ十数年、目覚めることがないだけの話だ。
だから、死んだわけじゃない。
身体は未だ呼吸を続け、心臓は太く脈打っている。
規則正しく時を刻む。
ただその青い目は閉じられたまま、俺を映すことはない。
諦めようとは思わなかった。
(だって生きているのだ、まだ松本は)
上下する胸。
温かな身体。
変わらぬ寝顔は色艶も良く、死者の姿からは程遠い。
今にも目覚めて「おはようございます、隊長!」と、あの少し鼻に掛かった甘えた声で、俺へと笑いかけても不思議じゃない。
むしろそうあるべきなのだ。
だから未だ、俺ひとり。
諦めきれぬままあの女へと、執着している。
目覚めぬ女の枕辺へ、夜毎訪れ寝顔を眺め。
髪を梳いて、頬を撫で。
そっとくちびるにくちづけてゆく。
幾度となく繰り返された、検査と検証。
――その果てに、どうやら松本の魂魄は、肉体を離れ現世に生きる人間の中で深く眠り込んでいるのだ、と。
涅の口から聞かされたのは、ほんの二年余り前のことである。
やっとのことで得た手がかりは、酷く曖昧で心許ない。
況してやその魂魄ごと現世に飛ばされたとあれば、見つけ出すのは困難極まりないことだった。
微弱な霊圧を手繰り寄せ、それと思しき人間に的を絞る。
確証ひとつないままに、迂闊に接触することはままならない上、日々の仕事は目が回るほどに忙しく、なかなか時間が空くこともない。
けれどとうとう見つけたのだ。
松本に良く似た霊圧を持つ人間を。
松本乱菊の自我もなければ、記憶も持たない。
ただ、肉の器ばかりがほんの僅か、松本に似通っているだけの少女である。
見つけた時の狂喜は、言葉に出来ないほどには凄まじかった。








「待ってろ、松本。すぐにも目を覚まさせてやる」


今尚深く眠る女の耳元に、くちびるを寄せてそっと囁く。
呪詛のように注ぎ込む。
打ち震える歓喜と共に。
目覚めたら最後、二度と手離すようなことはしない。
固く心に誓って、指を絡める。
白い爪へとくちびるを落とす。
翡翠の瞳に宿るは、――狂気。
月の無い夜に紛れるように、狂った化け物が今、牙を剥く。







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あきゅろす。
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