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殺戮は夜鳴く獣の慟哭 1


その頃あたしの日常は、閉塞感でいっぱいだった。
右を見ても左を見ても、息の詰まるようなことばかり。
家族。
親友。
クラスメイト。
居場所なんてもの、どこにもない。
彼氏もいたけど、そもそも好きでもなんでもなかった。
好きだと言われて付き合っただけ。
実のところ、居ても居なくてもどうでも良かった。
…その程度の存在だった。


「あー、つっまんなーい!」


事あるごとに、つまらないと口に出すのも最早日常で。
ああきっとこの先も、あたしの人生こんなつっまんない日常がずっと続いていくだけなんだろうな。
そんな日常を気の遠くなるほど繰り返し、いつしかあたしは大人になって、やがて年を取り死んでゆくだけなんだろうな。
この『日常』にゆっくりと、飼い馴らされてゆくんだろうな。
そう思っては、絶望していた。
ずっと『何か』を待っていた。
ずっと『誰か』を待ち侘びていた。
そんなあたしの日常に、一石を投じたのは…カラスだった。
――カラス。
カラスのような、真っ黒な着物の男の子。
あたしの前へと、ある日突然姿を見せた。
助けてやろうと現れた。
彼は自分を「死神だ」と言った。






「死神…って云うと、鎌を持った?…え?なに、あたしアンタに殺されちゃうの?死んじゃうの?」
「鎌なんて誰が持つかよ」

そう言って。
不遜に笑った少年は、銀色の髪に翡翠の目と云う、一見日本人離れした顔立ちをしていた。
とても綺麗な男の子だった。
年は、多分。
(十二、三歳ぐらいだろうか?)
けれど子どもの割には随分と、態度が横柄だったようにも思う。
「つまらねえと思うんだったら、俺がお前を連れてってやる。『在るべき場所』へと還してやろう」
言うが早いかカチャリと音を立て、するりと抜き取られた大きな刀。
鼻先に、チキと突きつけられて息を呑む。
けれど恐怖は感じない。
むしろこれで救われる…楽になれると思えば、何故か懐かしさすら感じられた。
ヘタリと床へと座り込んだまま、あたしを見下ろす子どもを見上げる。



「…俺と来るか?」



問われてこみ上げる、切なる感慨。
「連れてって」
答えると同時に、子どものくちびるが弧を描く。





やがて、一閃。
貫かれた身体はドサリと音を立て、頽れる。
痛みはない。
けれど熱い。
なのに、冷たい。
まるで氷を押し当てられたみたい。
ザリと踏み出した少年の足が眼前に迫る。
徐々に薄れゆく意識の中で、少年の手があたしを捕えてくちづける。
あたしの耳へと囁きを落とす。



「――俺といっしょに帰ろう、松本」



…まつ、もと?
身に憶えのない名前に、頭の中で反芻をして。
ちがうちがうと否定をする。
あたしのなまえは松本じゃない。
なのに尚も少年は、あたしのことを「まつもと」と呼ぶ。
やっと見つけたと酷薄に笑う。
「俺を置いて、勝手にひとりで死ぬんじゃねえ。俺の傍からいなくなったりするんじゃねえよ。…なあ、松本」
「ちが…ちがうの。あたしは、まつもとじゃ…そんなんじゃない。あたしの名前は…」
けれど全てを口にするまえに、完全に遠退いてしまった意識。
意識を失くしたあたしを見下ろす少年は、それでも尚も繰り返し、愛おしげに「松本」と呼びかける。
…恐らく、は。
あたしではない、あたしの『中』へと潜む、もうひとりの『あたし』に向けて。
(だってはっきり口にしたもの)
松本なんてじゃないと告げた、朽ちゆくばかりのあたしに向けて。
冷ややかなまでの眼差しで以って。






「…悪リィな。傀儡の名に用はねえんだ」







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あきゅろす。
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