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13.


きっとこのひとがお妾を囲っただけであったなら、家を出ようとも況してや離縁して欲しいとも思わなかったに違いない。
大店のご亭には良くあること、と。
他所の女房たちのように、鷹揚に構えて吉原通いにも女遊びにも難癖つけず、ただひたすらに絶えて…堪えて、全て受け入れられたに違いない。
けれど女の腹に子どもがいる…と。
知らされてさすがにダメだと思った。
無理だと思った。
傍にいることが辛くなった。
(だってあの女のせいであたしは腹の子を流したんだもの)
だからと云って、口には出せない。
このひとに全てぶち撒けようとは思わない。
何故ならそれがただの八つ当たり――腹に子がいることも知らず無茶をした、その結果子どもを流してしまったあたしの手前勝手な言い掛かりであることは、自分自身嫌って云うほどわかっていたから。
「世の中には親切面した悪意あるひとが何処にでもいて、聞きたくもないのに…知りたくもないことを逐一あたしへと教えてくれたの。その女のことも、その女が身ごもっているらしいことも。足繁く通うあんたのことまでも、何もかも!」
「乱菊、それは…!」
「見世に通うだけでは飽き足らず、大金を工面してまで身請けして。挙句、妻を差し置いて子まで産ませるぐらいなんだから、そろそろお払い箱になるんじゃないか、って。そうなるのも時間の問題だって、あのひとが…!」
こみ上げた嗚咽に言葉が詰まる。
投げ掛けられた言葉の刃に、今また涙がこみ上げる。
そんなあたしを宥めるように肩を抱き、そうじゃねえよとあの子は言った。
そんなつもりは一切ない、と。
苦悶に満ちた顔で否定をした。
けれど、それでも確かに認めたのだ。
吉原の小見世に通っていたことも。
女をひとり、落籍したことも。
その女が身ごもっていることまでも。
そうしてあたしに向けて頭を垂れた。
「――隠していて、すまない」と。
話すべきか否かを一瞬躊躇ったのち、やがて意を決したようにあのひとは、あたしに向けて切り出したのだ。



「身請けした女は俺の姉だ」と。



それこそ耳を疑うような『真実』を。
歪めた口元と、今にも泣き出しそうな眼差しで。
あたしに向けて打ち明けたのだ。






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あきゅろす。
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