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10.



香の匂いが今尚強く香り立つ、その腕の中へと抱き竦められて――その身勝手さにこみ上げる悔しさと大粒の涙。
それがまたあのひとの苛立ちを駆り立てたらしい。
無理矢理のように押し当てられたくちびる。
やめて、と。
身を捩ることも許されないほど、隙間なく抱き締められては口を吸われる。
乱暴なまでにくちづけられる。
「よもや他に男でも出来たか?…それとも、死んだ手代の男が今も忘れられねえか?」
あたしへ、ではなく。
むしろ自分自身を嘲るようなその問い掛けに、弾けるように首を横に振り否定する。
(そんなことがある筈もない!)
許婚だった手代の男のことを厭うたことはないけれど、だからと云って今考えても、特別好いていたとは言い難い。
四つ年上とちょうど年回りが良かったことと、真面目で堅物な仕事ぶりをお父っつあんが買っていたこと。
それらが決め手となって、周囲に勧められるがままに添うことを決めた。
家の為にも婿を取ることに頷いただけのことだった。
だから冬獅郎の言うように、今尚手代をどうこうなどとある筈もない。
況してや、他に男が出来たなどと…。
余りにも馬鹿げた憶測だった。
だから違うとそれだけは、真っ向から否定をした。
「じゃあ、なんで…。何でこんな俺を見捨てるような真似をする?俺がどれだけお前に焦がれていたか、ずっと妻にと望んでいたか、知っててどうしてこんな真似をする!?」
ちくしょう、と。
叫ぶその声は――けれど、今となってはあたしの心に響くことはない。






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