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8.


触れる手のひらは今も変わらない。
嫁いだあの日から変わることなくあたしを抱くその腕が、ただ…他の女にも同じように触れている。
それが堪らなく悲しいだけだ。
あたし以外に新しい女を欲し、今頃はその手練手管と若い身体に溺れているのかもしれない、と。
考えるだけで胆が焼ける。
激しいまでの悋気に駆られる。
…泣きたくなる。
そんな嫉妬に狂った自分が嫌だった。
(だからやっぱりあの家を出よう)
他の女へと心を移した年若い夫に縋る、そんな女でありたくないと。
くだらぬ意気地が鎌首をもたげた。
――その時のことだ。
表戸がガタと音を立てたのは。
そう云えば、そろそろ夜の五つも近いと云うのに今日はまだ、戸口へと心張り棒を支った憶えがない。
ハッと思い出してはからだを起こし、よもや押し込みか何かかと一瞬竦み上がったあたしの前に。
…乱菊、と。
ひょっこり顔を覗かせたあのひとに、安堵すると同時に激しくあたしは動揺をした。
「どうして…?」
と。
問うた傍から腕を取られる。
抱き寄せられる。
「どうして、じゃねえ。迎えに来たに決まってんだろが!」
ひと月余りも家に戻らないことを、みんな心配しているのだ、と。
片づけなら明日にでもまた俺が手伝うから、今夜は一緒に帰ろう、と。
強く抱き締められて心が揺らぐ。
およそひと月振りの抱擁に。
思いがけずに与えられた、そのぬくもりに。
どうしたって心が震えぬ筈もない。
思わずその背を抱き返したい衝動に駆られる。
そうして縋るように腕を伸ばしかけて、…けれど頬を寄せたその肩口から、匂い立つ嗅ぎ慣れぬ香の匂いに。
瞬時に女の元へと通った帰りなのだと察せられて頬が強張る。
気付けばその肩を強く突いていた。






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あきゅろす。
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