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6.


まるで鉛でも飲み込んだかのように胸が重い。
あらかた荷物も片付いた、使い古しの卓袱台ひとつがぽつんと置かれただけの、がらんどうの部屋の中。
ごろりと畳みに横たわる。
――目を、閉じて。
思い起こすのはあの頃のことばかり。
まだ、ほんの一年余り前。
冬獅郎との祝言に、心躍らせていたあの頃のことだ。
今考えても、あの時のことは何だったのかとたまに思う。
ずっとあたしのことが好きだったのだと打ち明けてくれたあの言葉は?
どうしても嫁に来てほしいと言って、頭を下げたあの日の言葉は?
夫婦の情とはたった一年余りでこうも色褪せてしまうようなものなのだろうか。
幾ら自問してみたところで、答えは一向に見えては来ない。
…ただ、わかっていることと云えば、ただひとつ。
全てが狂ってしまったのは、『あの日』であると云うことだけだ。
暮れも間近に腰を痛めた義父の代わりに、跡目を継いだ冬獅郎が顔を出した寄合で、足を踏み入れたと云う吉原の仮宅。
――火事で焼け出された吉原の小見世のひとつが、ちょうど深川八幡前に仮宅を打っており、たまたまその月の寄合の場にと選ばれたのだ。
そうして足を踏み入れた、その小見世の女郎のひとりに入れ込んだらしいあのひとは、たびたびその女郎の元へと通うようになったと云う。
ばかりかほんのひと月も経たない内に、その女郎を落籍(ひか)すると言っては金を工面し、住まいまでをも用意して。
本当にお妾に囲ってしまったのだった。
無論、大店の主ゆえ、咎める者などある筈もない。
けれどあたしの心はズタズタになった。
嫁いでほんの半年と経たない内に、夫となった男は他の女にのめり込み、挙句身請けまでして妾にした。
使った金は、幾ら小見世の花魁とは云え、数十両と下らない筈だ。
無論、あたしに報告ひとつある筈もない。
…知ったのは、ほんの偶然に過ぎなかった。






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あきゅろす。
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