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5.


慎ましやかにお父っつあんの弔いを終えてのち、然して広くも無い仕舞屋の中をぽつりぽつりと片付けてゆく。
けれど片付けの手は遅々として進まず、気付けば初七日もとうに終えていた。
あれからまだ一度もあたしは深川の家に戻ってはいない。
片付けぐらい俺も一緒に手伝うから、と。
だからいい加減家に戻って少し休め、と。
弔いの後、慮るようにそっと切り出したあのひとに。
大丈夫だからと突っ撥ねるように首を振り、もう暫くは戻らない旨を打ち明けた。
あのひとは、酷く沈んだような顔をしていた。
――良くないことはわかっていた。
それでも家には…あの子の元には戻れなかった。
(元々釣り合う縁談じゃなかったんだもの)
同情だけで嫁に貰ってもらったような女だもの。
今更ひとりに戻ったところで辛くはない。
そう思う傍からあふれる涙。
…いやだ、本当は離れたくない。
別れたくない。
傍にいたい。
例え同情だけの縁であっても構わない。
形ばかりの妻でいいから傍にいてほしい。
傍に置いて欲しいと思う。
出て行くことを決めた傍から、相反するふたつの感情がせめぎ合う。
枯れてしまった筈の涙が、再び頬を流れる。濡らしてゆく。
…明日。
朝が来たらここを出よう。
ご近所回りをしてお礼を述べて、大家さんにもお礼を言って。
あのひとへの手紙だけを託して、位牌ひとつをこの手に持って、どこか別の町へと行こう。
幸いなことにお父っつあんの残してくれた少しばかりの金子があるから、上手い具合に住むところさえ見つかれば、暫くは何とかなるかもしれない。
(それに、あのひとも…)
あたしが姿を消しさえすれば、戸惑いながらもきっと安堵するだろう。
厄介払いが出来た、と。
心置きなく新たな『妻』を据えるのだろう。
そう思ってはまた、溜息が出る。







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