[携帯モード] [URL送信]
2.


*
*


深川は門前仲町に見世を構える日番屋は、江戸界隈でも名の知れた大きな料理茶屋であり、あたしより三つ年下の冬獅郎は、その料理茶屋の総領息子でもあった。
その頃あたしの家はと云えば、日番屋から然程離れていない場所に見世を構える小さな水菓子問屋を営んでおり、品物を冬獅郎の見世に卸していたことと近所のよしみ、それから通う手習所が同じだったことも相俟って、自然仲良くなるようになった。
可愛い弟みたいに思っていた。
その冬獅郎から祝言の話を持ち込まれたのは、昨年の四月も終わりのことだった。
その頃のあたしはとうに深川を離れてお父っつあんとふたり、本所の小さな仕舞屋へと住まいを移し、細々商いを続けていたのだけれど。
冬獅郎自らその仕舞屋を訪ねてきた時には、さすがにお父っつあん共々驚いた。
「今回は大変な目にあったね、姉さん」
…冬獅郎は。
幼い頃の名残だろうか?
若旦那として見世の采配を振るうようになった今も、あの頃と変わらずあたしのことを「姉さん」と呼ぶ。
それにほんの少しの面映さと居心地の悪さを感じながら、狭く汚い見世の中へと招き入れた。
――けれど、いったい今更何をしにこんなところに来たのだろう。
訝ったのは、あたしだけでなく。
お父っつあんも同様だった。
何しろ門前仲町に出していた以前の見世は、隣家の蕎麦屋が出した大火の巻き添えを食い、ほんのふた月ほど前に全て焼け落ちてしまっていた。
何とか命からがら逃げ出したものの、ひと夜の内に何もかもが燃え落ちた。
うちの見世も、隣りの蕎麦屋も。
きっと運が悪かったのだ。
その夜は恐ろしく風が強く、火の回りが早かった。
逃げる最中に金子を取りに戻ったおっ母さんは火にまみれ、気付いて慌てて助けに向かった手代と番頭も焼け死んだ。
結果、逃げ出す際に足を捻って痛みにその場を動けなくなったお父っつあんと、お父っつあんを助け出した僅かばかりの奉公人。
それから火事の恐怖に震えるばかりだったあたしだけが生き残ったのだ。
それでも僅かばかりの金子は手元に残ったのだし、そのお金で見世を立て直すことは充分可能だっただろう。
けれどお父っつあんにその気がなかった。
おっ母さんの焼け死んだ、この地でひとり、この先も。
商いを続けて行くだけの気力がなくなっていたのだった。
だから結局焼け落ちた地所は売り払い、生き残った奉公人への給金として暇を出した。
死んだ手代と番頭の家へも少しばかりではあるけれど、お金を送って――手元に残ったお金で本所に引越し、見世を出し。
お父っつあんとふたりだけで細々と、今日まで水菓子屋の商いを続けて来たのだ。







※『日番屋』は打ち間違いじゃないです、無理矢理です(w;

[*前へ][次へ#]

3/18ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!