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1.



お父っつあんの葬儀が終わったら、あの家を出て行こうと決めていた。
心残りは、ただひとつ。
あたしがあの家に嫁いだあと、ひとりっきりになってしまったお父っつあんのことだけだった。
そのお父っつあんが風邪をこじらせいけなくなったのは、あたしが嫁いでほんの一年足らずのことだった。
――火事で家を失い、おっ母さんを亡くし、奉公人も財産も失くした。
唯一残された、ひとり娘のあたしのことだけが気掛かりなのだ、と。
いつだってお父っつあんは言っていた。
その気掛かりだったあたしが嫁いで、家を出て。
糸がぷつりと途切れるように、気が緩んでしまったのかもしれない。
聞けば、秋口から見世も閉めがちになっていたと云う。
それから間もなくのことだった。
お父っつあんが風邪をこじらせ、長く床に就くようになったのは。


「ごめんね。あたし、お父っつあんの看病がしたいの」


そう言って。
暇乞いをしてからふた回りが経った明くる朝。
眠るように息を引き取ったお父っつあんは、きっとおっ母さんの元へと旅立ったのだ。
そう思って、さめざめ泣いた。
…ああ、これで何もかもが終わったと思った。
唯一の心残りも消えてしまった。
『心残り』を免罪符に、あたしがあの家に留まる理由もこれでなくなった。
そう思った途端溢れ出た涙は、果たしてお父っつあんが死んでしまったことへの悲しみか。
はたまたあの家を去る日が来たことを、嘆き悲しむゆえだったのだろうか…。






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あきゅろす。
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