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6.


「…松本?」
どうかしたか、と。
訝るように問うたおうさまの、キラキラ輝く翡翠の瞳。
見つめ返して。
「ありがとうございます、なんでもないです」
と、笑って濁して視線を逸らす。
残念ながら、さすがにこの目を見つめたままに、結婚の中止を切り出せるほど、あたしの心臓は強くない。
尤も王様の方は、仮にあたしが「やっぱりなかったことに…」と切り出したところで、然して気にも留めなさそうだけど。
むしろあたしの方から婚約解消を切り出されたら、ホッと安堵とかしそうだけど。
厄介払いが出来たって、思われたって仕方ないけど。
ああでも案外亡くなられた前王様の遺言だからと、最初は難色見せるかな?
そんな振りとかしちゃうかなあ?とか。
いろいろ想像してたのだけど。
…だけれども。



*
*


「ええっと、その…結婚式のことなんですけれど、」

――この際白紙に戻しませんか?
と、云うか。
白紙に戻して頂いて全然構いませんから、と。
切り出した途端。
「何でそんなことをする必要がある?」
予想外にも、極冷静に切り返されたことに目を丸くする。
(いやいや、そこは理由突っ込むところじゃないでしょう。むしろ単純に安堵しとくところでしょう)
そう思いはしたものの、ああやっぱりこの王様は、後者のタイプ――バカ正直且つ律儀に遺言に従っちゃうひとなんだなあと思って、…なんとなく。
そんな真面目なところも素直なところもやっぱりいいな。好ましいな。
嫌いじゃないなと頬が弛む。
(これでおうさまなんかじゃなかったらホント、そのままお嫁にもらって欲しいぐらいだわ)
そう思ってさびしさが増す。
あたしを良く思わない宰相たちは、あたしが正妃の座を辞退さえすれば、嫁ぎ先でも職でも思うがままに見つけてやると口々に言っていたけれど。
所詮没落貴族の娘で、とうに二十歳も過ぎて薹が立ったあたしに与えられる嫁ぎ先なんて、ロクなモンじゃないだろうことは想像がつく。
(どうせ、うーんと年の離れたヒヒじじいの後添えか何かに違いない)
仕事にしたってどうせ、身売りするのと然程立場は変わらない、その手のエロジジイの妾か何かに違いないのだ。
(ああ、それか…良くてどこぞのお屋敷で、メイドとして雇ってもらえるかどうかって感じかしら?)
それならそれでも一向に構わないのだけれど、この城の人間の息が掛かった場所である限り、身の程知らずの『元・王妃候補』と云った肩書きは一生、付いて回るに違いない。
そうして蔑まれるのだ。
この世から、完全にあたしが姿を消し去るその日まで。






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