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13.冬獅郎(十六歳)



尤も相手は両国広小路の水茶屋で働く茶酌女だと云うから正直腹の子供が本当にその男の子供であるかも怪しかったが、聞けば日本橋にいた頃からの深間らしく、男が実家に戻ってからも頻繁に出合茶屋で逢瀬を重ねていたらしい。
また、既に女は腹が膨らみ始めており、今更堕ろすわけにもいかなかったのだ。
そうなれば、男としても家族としても、最早孕んだ女を捨て置くわけにもいかず。
腹を括ったらしい男はそれから間もなく茶酌女を妻へと迎え、彼女は意図も容易く切り捨てられた。
手酷い形で裏切られたも同然だった。
その仕打ちに対して彼女が何か恨み言めいたものを口にするようなことは終ぞ無かったのだけれど、お内儀さんは相当に肝が焼けたらしい。
時折思い出したように薬種問屋への悪態を吐いては癇癪を起こすお内儀さんを、辛抱強く彼女が宥める姿をそれまでも何度か俺は目にしていた。
お内儀さん同様、元々ふたりの仲を良く思っていなかった親方にしても、今回ばかりはさすがに複雑だったのだろう。

「あれも今年の秋には二十一になる」

そう言って。
薄く笑ったその口元には、何とも言えないやりきれなさが混じって見えた。

「ただでさえ婚期を逃したところに、今回のこの騒動だ。もうまともな縁談なんて来ねえだろうって、さすがにうちのヤツも参っちまったらしくてな」
「お内儀さん、ですか?」
「ああ。世間様の同情の目が、どうにも我慢ならねえらしい」

皮肉めいたその物言いに、漸く俺も意図を察した。
同情とは名ばかりの、口さがない世間の目や耳が遠慮会釈無くこの家に注がれている今、これまで以上に彼女が他家に縁付くことは難しいだろう。
だが、だからと言っていつまでも誰とも添わないままともいかないし、婿を取るとなればなったで商売上、結婚相手の『条件』も限られてくる。
そこで白羽の矢が立てられたのが、下駄職人としてこの店で働く俺だったというわけだ。




「時に親方、お嬢さんは俺相手で納得されてるんですか?」
「…いや、まだだ。先にお前の気持ちを聞いてからと思ってな」
「じゃあ、俺が断られる可能性もあるってことだ」
「それはねえ。…いや、させるつもりはねえから安心しろ。だいだいそんなことが言える立場じゃねえことぐらい、アイツだってよっくわかってる筈だ」

少しばかりの苦りを伴いながら、それでも断言するように親方は言った。
それから、…すまねえ、と。
再び深く頭を下げたのだった。
その、侘びを。
てっきり俺はこの唐突とも呼べる縁談を指して告げたものだと思い込んでいた。
だが、違った。


「…桃ちゃんとのことは、どうか諦めてくれ」


続く思いがけない親方の言葉に、俺の方こそが仰天をした。







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