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12.冬獅郎(十六歳)



折り入って話がある、と。
呼び出された親方の寝間。
手にした煙管の雁首を火鉢の縁へと打ちつけてのち、徐に切り出された。

「お前、うちの娘と一緒になる気はねえか?」

…と。
その瞬間、体内を巡る血の一滴までもがぐつと煮えたぎるような眩暈を感じて俺は、膝上の拳を強く握り締めていた。




*
*


俺ぐらい腕の立つ見込みのある男でなけりゃあ嫌だと笑ったアイツの軽口に。
四つ年嵩と難はあるが、うちの娘と所帯を持って、この店を継ぐ気はねえか?と問うた親方の戯れ言に。
僅かでも『希望』を見出さなかったと言ったら嘘になる。
それでも実現することはない、叶うはずのない夢だとおもっていた。諦めていた。
それがいきなり『現実』となった。
…あの、女を。

(あの夏の日に焦がれた女を、妻とする?)

無論、異存などある筈もない。
否、異存などあったところで、端から断る道などありはしない。
何しろ相手は俺の父親の友人であり、その父親亡きあと今日までずっと、天涯孤独となった俺を引き取り育ててくれた恩人なのだ。
その恩人の娘婿にと望まれて、断ることなど出来ようもない。
だから然して迷うことなく「わかりました」と返事をした。
この家の入婿に納まることを受け入れたのだ。
そんな俺に親方は、ほんの少しだけばつが悪そうに肩を縮めると。
…すまねえ、と。
俺へと向けて深く頭を垂れたのだった。


だが俺に、そこまで恐縮されるだけの謂れもない。
それでもそこまで気遣われたのは、…他でもない。
恐らく『彼女』がつい先だってまで、他の男とわりない仲にあったからだろう。
薬種問屋の総領息子で、俺より九つ年上で。
彼女とは五つ年の離れた幼なじみのその男と、いずれは所帯を持つのだろうと思われていたその矢先。
男が他の女を孕ませていたことが知れたのだった。






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