[携帯モード] [URL送信]
11.乱菊(二十歳)


*
*

「四つ年嵩と難はあるが、うちの娘と所帯を持って、この店を継ぐ気はねえか?冬獅郎」


いつぞやのお正月、酔って管を巻くお父っつあんにそう絡まれて苦笑を浮かべた冬獅郎は、結局否定も肯定もしなかったけど。
それでもあたしの中には、僅かばかりの希望が宿った。
――冬獅郎と結婚をして、この店を継ぐ。
到底叶う筈も無い願い事を夢に見て、これまで持ち込まれた縁談話も全て首を横に振ってきた。
おかげで縁付くこともないままに、とうとう二十を迎えて、『年増』と呼ばれる年にもなった。
いわゆる、嫁き遅れと云うヤツである。
好条件の見合口は減り、潮が引くように周囲も静かになったのだけど。
だからって、冬獅郎と所帯を持つなど夢のまた夢でしかないことを、今のあたしは知っている。
この家に引き取られる前、冬獅郎が仲良くしていたと云う幼なじみの娘がうちの近所の小間物屋で店番をするようになり、時折仲良く喋っているところを目にするようになったのだ。
(なによ、脂下がったような顔しちゃって)
年は冬獅郎よりひとつ上。
娘盛りで、華奢で、可愛らしい。
それだけであたしが僻むには充分過ぎた。
幼なじみの気安さからか、あの娘の前でだけ、冬獅郎は朗らかに笑う。
だから、気付いてしまった。悟ってしまった。
(ああ、冬獅郎はあの子のことが好きなんだ…)
今となっては、姉ちゃん姉ちゃんと慕ってくれることもなくなった。
眉を顰めた仏頂面で、あたしの前で朗らかに笑うことも少なくなった。
手を繋いで行った八幡様の縁日も、夏の夜の夕涼みだって、お月見だって。
今じゃ自然と距離を置く。
決して態度には出さないけれど、あたしと連れ立って歩くことを厭うているのは明白だった。
(そうよねえ。あの子だっていい加減、あたしなんかとじゃなくて。友達や仲間や、好きな女の子と遊んだ方が楽しいわよねえ)
そう思って、また項垂れる。

…ああ、こんなことだったら、さっさと嫁にでも行くんだった。
…お父っつあんの言う通り、大人しく婿でもなんでも取るんだった。

そう思って、後悔をする。
冬獅郎ぐらい腕の立つ下駄職人の男でなけりゃ、イヤ!…なんて。
聞き分けの無いことを口にするんじゃなかった。
冬獅郎のこと、好きになったりなんてするんじゃなかった。
そう思って、こみ上げる涙。
嗚咽。
自暴自棄になる。



通りでは、ふたりが仲良さげに言葉を交わしている。
あたしはひとり、部屋で蹲っている。
寂しさで、今にも胸が張り裂けそうになっている。






[*前へ][次へ#]

12/54ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!