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1.


15の夏に、恋をした。




相手は、同じバイト先の、5つ年上の女子大生。
ここ暫く動作不良の続くノーパソをそろそろ買い直したいと思って、たまたま始めたコンビニのバイトでシフトが良く一緒になった女だった。
派手な金髪に、大柄な身体。
大きな瞳は、目を見張るようなブルーアイズ。
バカみたいに胸もでかくて、いつだってコンビニの制服はパッツンパッツンになっていて…俺だけでなく客の目までもを惹きつける、恐ろしく整った容姿をしている。
これだけ美人でスタイルだって抜群なのだ。
さぞかし鼻持ちならないキツイ性格をしているのであろうと思われた、その見かけとは裏腹に。
性格は相当に鷹揚で勝気、誰に対しても物怖じしない、恐ろしく人懐っこい女でもあった。
だからと云うわけではないが、割と人見知りするタイプの俺が一番最初に打ち解けたのもコイツだった。
「ねえねえ、日番谷。今週のジャンプ読んだー?」
「アンタ女子大生の癖にそんなモン読んでんのかよ、色気ねえなあ」
「いいじゃない、別に。昔から好きなのよー、少年漫画」
交わす軽口も軽やかにカラカラと裏の無い笑顔を浮かべては、ズケズケと俺の心の奥深くまで踏み込んできたこの女に、俺が堕ちるまでに然程時間は掛からなかった。
5つ年上、5つ年下。
背だって向こうの方が頭半分ほども高くって、外見も中身も明らかにガキの俺だったけど。
それでもバイト上がりの帰り際、切羽詰ったように「好きだ」と告げた俺の手を、躊躇いながらも松本は選んでくれた。
俺のことを、ちゃんと『男』として見てくれた。
多分…すげえ好きだった。
普段はバイト先で顔を合わせるばかりだけだったけど、夏休みに入ってからは、暇さえあれば二人でいた。
両親が共働きで昼間は家に一人でいる俺の部屋に来て過ごすことが、多分…一番多かった。
それでも一緒に花火大会に行ったり、電車に乗って海に行ったりプールに行ったり、金も無いので時々図書館なんかで涼んでみたり。
暇さえあれば、顔を合わせて共に過ごした。
夏の間だけ続けるつもりでいた筈のコンビニのバイトも、松本に会えるから、と。
結局、秋になっても続けていた。

そうして秋が過ぎ、冬が来て間もなく経った頃、松本が突然バイトを辞めた。
テスト明け、久々に出勤したバイト先でシフト表からアイツの名前が全て消されていたことに気付いた俺が、愕然としたのは言うまでもない。
何しろバイトを辞めるなんて話、昨日まで何ひとつ聞かされてなどいなかったのだ。
いったい何があったのか、無論慌てて連絡を取った。
バイトを終えてすぐのことだった。
だが、理由を問い質そうにも会って話をしようにも、その時既にメールも携帯も不通になっていたのだ。
「どう云うことだよ…」
一瞬戸惑いはしたけれど、それでも――もしかして携帯が壊れたか何かして、ただ単に今は連絡できないだけかもしれない。
そう思って、その日は翌日を待った。
だが、2日が経ち3日が経っても松本からの連絡はない。
メールの一本、電話の一本すらもない。
否応無しに募る不安。
付随するように脳裏を過ぎる『別れ』の二文字。
…思い当たるような『理由』など何ひとつ無い。
突如突きつけられたこの現実に、一瞬にして俺は青ざめた。
奈落の底に突き落とされたと言っても過言じゃない。
(嘘…だろう?)
打ち消すように頭を振って。
けれど、懸念はすぐさま『現実』となった。





*
*


「…ごめんね、バイバイ」

唯一、それが。
アイツが俺に残して行った言葉だった。



松本と連絡が取れなくなったその一週間後に、公衆電話からたったひと言、携帯の留守電に残されていた『別れ』の言葉。
それも、すぐには俺が着信に気付けないようにと、平日の授業時間を狙っての不意打ちの連絡。
休み時間、漸くその着信に気付いた俺が留守電を確かめ、そのひと言に打ちのめされたのは言うまでもない。
――理由もない。
弁解すらも聞かせてはくれない。
況してや俺の気持ちなど、微塵も汲んで貰えないままに終止符を打たれた。…あっさりと。
この、半年余りの関係に。
あんまり呆気なさ過ぎて、恨み言のひとつも出て来なかった。
――要するに。
振られたのだ。松本に、俺は。
顔も合わせたくないと思うほどに。
二度とメールも電話も寄越して欲しくないと思われるほどに、突然に。
そうして松本は忽然と俺の前から姿を消した。
探し出そうにも問い詰めようにも、その時俺は、松本がどこに住んでいるのかさえも知らなかったのだ。
(松本が店を辞めた後、オーナーに問うたところで『個人情報保護』を盾に、自宅の住所を教えてもらうことは出来なかった)
ならばとばかりにアイツの通う大学まで出向いたところで、ここ最近は姿を見かけていないと素気無くされるばかりだった。
オマケに女子大であることもあってか、むしろ不審がられるばかりで手掛かり一つ掴めやしない。
そうなれば、これ以上俺にも足掻くことは出来なくなる。
何よりそうまでしても顔を合わせたくないのだと云われたならば、追いかけるだけの勇気も出ない。…これ以上。
ぽっかり、と。
心に空いた大きな穴を埋められるだけの術も何も持たないままに。
こうして16の冬をひとりで迎えて俺は、為す術も無く初めての『恋』を失った。
たった15のガキの恋愛だけど。
たった半年足らずの、短い付き合いだったけど…。
それでも心から好きだと思った女。
なのにアイツは、まだガキの俺の『心』に決して消えない影を落とし、抉るような傷を残して姿を消したのだった。
与えられた傷は深く、なかなか立ち直ることも出来ないままに、やがて季節は春を迎え、秋を迎え…幾度かの季節がゆっくりと巡ってゆく。
そうして折り目正しく巡る季節の中で、松本のことを忘れようと…何人かの女と付き合っては別れてを繰り返していた俺の目の前に、唐突に…現れたのだ。思いがけない人物が。
否。
厳密には『現れた』とは言えないだろう。
偶然にも巡り会ってしまったのだ。
6年と言う歳月を経て、大学卒業を目前に控えたその年の夏の始めに。
…あの女に。







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