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9.乱菊(二十歳)





「久しぶりだね、シロちゃん!」

そう言って。
懐かしさを湛えた笑みを浮かべた桃と云う名の娘は、聞けば冬獅郎の幼なじみだと云う。
まだ、冬獅郎がうちに引き取られる前――冬獅郎がお父っつあんとふたり、住んでた裏店の近くの煮売り屋の娘で。
早くにおっ母さんを亡くした冬獅郎と冬獅郎のお父っつあんは、晩ご飯のお菜をよくその店から買っていたらしく、年の近い冬獅郎と彼女も自然仲良くなったらしい。
「時々余ったお菜をわけて貰ったりもしてな、桃の家にはすげえ世話になった」
どこか懐かしげな顔をして。
そんなことを言う冬獅郎の横顔に、ほんの少しだけ寂しさを感じたのはここだけの話だ。





「おじさんとおばさんは息災か?」
「うん、もう無駄に元気!きっとびっくりするわよ、ふたり共。シロちゃんがお世話になってる下駄屋さんが、おばさんの店の近所だって知ったら!」
「シロちゃん言うな」
「なによう、いまさら。いいじゃない、別に」



くすくすと笑う彼女と冬獅郎は、幼なじみの気安さもあるのだろう。
とても仲良さげで、…お似合いで。
傍観していたあたしの胸の内は、この時千々に乱れて酷くざわついていた。
…だって、冬獅郎が。
あの、無愛想な冬獅郎が。
あたし以外の女の子に向けて、あたしの知らない顔をして。
こんなにも穏やかに笑っているんだもの。
あたしの知らない、『過去』の話をしているんだもの。
立ち入れない。
立ち入ってはゆけない、空気と会話。
冬獅郎よりひとつ年上だと云う彼女は、黒目がちな大きな瞳に愛らしい笑顔で、冬獅郎を「シロちゃん」と呼ぶ。
その屈託の無さと親密さとに、あたしは知らず唇を噛み締めていた。






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