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8.乱菊(二十歳)



暫く店を閉めていた、通り向こうの小間物屋さんが最近また店を開けるようになったらしいとおっ母さんから聞かされたのは、昨夜の晩ご飯時のことだった。




「あそこのおばさん、腰の方は良くなったの?」
間口二間の小さな小間物屋をひとりで切り盛りしていたのは、うちのおっ母さんよりひと回りほど年上の、五十絡みの恰幅のいい後家さんだった。
それが少し前に腰を悪くしてしまったようで、ここ半月ほどは店を閉めてしまっていた。
三年ほど前に旦那さんに先立たれ、一人息子も今は日本橋の呉服屋に住み込みの奉公に出ていることもあり、うちのおっ母さん始め近所のひと達が入れ替わり様子を伺いに顔を覗かせてはいたのだけれど。
「まだ本復したわけじゃあないようだけどね、具合は大分いいようだったよ」
こりりと沢庵に歯を立てながらおっ母さんが言う。
「でも、そんなでお店なんて開けて大丈夫なの?」
お菜の煮しめに箸を伸ばしながらあたしが問うと、おっ母さんは「そうじゃないよ」と苦笑をした。
「どうやら腰が完治するまでの間、親戚の子に通いで店番を頼んだらしい」
ふうんと相槌を打ったあたしは、じゃあ早速明日にでも簪を見に行って来ようかしらと暢気に笑ったのだけれど。







「…シロちゃん?」

確かめるように問い掛けたのは、おばさんの親戚で、店番を任されていると云う娘だった。
「お前…桃か?」
目を瞠り、驚いたように問い返したのは、お内儀さんが呼んでいるから・と。
通り向こうのこの店まで、息せき切らせてあたしを呼びに来ていた冬獅郎だった。






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あきゅろす。
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