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6.冬獅郎(十六歳)


持ち込まれた縁談全てを袖にした挙句、娘盛りもとうに過ぎた彼女は…けれど、然してそれを気に留める素振りもなく。
嫁き遅れだと嘆くお内儀さんにカカと笑っては。

「冬獅郎ぐらい腕の立つ見込みのある男でなけりゃあ、あたしは嫌よ!」

と、尚も豪気にのたまう有様だった。
一時はそんな戯れ言を真に受けて、お内儀さんも心底困っちまったようだったけど、すぐにそうではないと知れた。
何のことはない――彼女には、わりない仲の男が既に居たに過ぎなかったのだ。
五つ年上の幼なじみだと云う、小さな薬種問屋の総領息子。
店の大きさは然程でもないが、地所持ちのせいか羽振りが良く、しょっちゅう岡場所に入り浸っていた為に、勘当されて家から追い出されていたらしい。
とは云え人別を抜かれたわけでもなく、日本橋にある親戚筋の太物問屋に預けられたに過ぎなかった。
三年ほど奉公したのち、再び家へと呼び戻されたと云うから気楽なものだ。
彼女自身、「気楽なモンよね」と呆れたように言いながら。
それでも時折思い出したように店を訪れる幼なじみのその男を、決して袖にすることも無い。
ばかりか時には連れ立って、水茶屋や芝居小屋へと出かけるようなこともあった。
嘗ては岡場所に入り浸ってばかりいたと云う件の男が、実家に呼び戻されて以降、その手の悪所で遊んでいる姿を見られることもなくなった。
――つまり、幼なじみたる彼女と相惚れの仲になり、落ち着くところに落ち着いたと云うことだろう。
そう思っては、楽しげに男と話す彼女の姿に、何度ひと知れず歯噛みしたかもわからない。
珍しくも紅を差し、洒落た花簪を頭に挿して。
いそいそと出かけてゆく彼女を横目に、何度嫉妬に猛り狂いそうになったかもわからない。


「腕のいい下駄職人をお婿にもらって、この店を深川一の下駄屋にするんだから!」


そう言って。
屈託無く笑った彼女は最早、あの薬種問屋の息子に輿入れする気でいるのだろう。
そう思って、絶望に目の前が暗くなりはしたが、それでも結局面に出すことは憚られた。
何故なら、相も変わらず彼女の目には、俺は『弟分』としてしか映っていない。
…男と映ることはない。

およそ五年の歳月を経て、近付いた目線。
職人としての腕も、漸く確かなものとなって、…今。
それでも抱く想いを伝えることもままならない。
もとより叶わぬ夢であるのだ、と。
遠ざかる女の後姿に思い知らされていた。






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あきゅろす。
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