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5.冬獅郎(十六歳)



初めて顔を合わせた当初から、年にそぐわない婀娜できれえな女だと思いはしたが。
娘盛りを迎える頃には深川小町と呼ばれるほどに、その美しさは際立ったものとなっていた。
おかげで下駄屋の看板娘と若い男の間で持て囃されて、勢い店はそれまで以上に繁盛をした。
付随するように、縁談の申し込みも降るように持ち込まれていたようだった。
ゆえに、…好きだ、などと。
四つも年下の――たかが下駄職人の見習いでしかない俺が、想いを告げることなど出来ようもなく…。
店先で忙しく働く姿を。
内所で寛ぐその横顔を。
決して誰にも気取られぬように、盗み見ることしか出来なかったのだ。
俺がこの家へと引き取られてから、二年余りの月日が過ぎて。
それでも俺へと接する態度は、あの夏の日から何ひとつとして変わっちゃいない。
実の家族のように接してくれる彼女はきっと、『本当の姉』と思って慕われていると思い込んでいるからこそ、本来であれば一奉公人の立場でしかない俺を、こうも可愛がってくれるのだ。
実の弟のように接してくれているだけなのだ。
それに、親方だって…お内儀さんだって。
俺が彼女に想いを寄せているなどと思いもよらないからこそこうしてこの家に、他人の俺を置いてくれているのだ、と。
優しく接してくれているのだろう、と。
思えば迂闊な真似など、そうそう出来よう筈がない。




*
*

店へと持ち込まれる縁談は、日増しにその数を増してゆく。
況してや、そのどれもが『良縁』と呼んで差し支えの無いものばかりだった。
中には大商家やお旗本など、およそ小さな下駄屋の娘には不釣合いと思しき話もあって、それこそお内儀さんなんぞは諸手を挙げて喜び勇んでいたのだけれど。
肝心要の当人と云えば、どこ吹く風。
その全てを袖にして。
「あたしはお嫁になんて行かないわよ」
と、威勢良くものたまう始末だ。
「あたしは下駄屋の娘なんだもの。腕のいい下駄職人のお婿をもらって、いずれはこの店を深川一の…ううん、江戸一の下駄屋にしてやるんだから!」
そんな冗談とも本気ともつかない大口を叩き、挙句ケロケロと笑うばかり。




そうこうしてる間に、更に月日は流れてゆき、――気付けば俺は十六に。
彼女は二十になっていた。






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