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1.冬獅郎(十一歳)

思うに女の裸をまともに見たのは、色街の女のそれを除けば、この女の肌が初めてだった。





十一の夏、深川で小さな下駄屋を営む親方の元へと引き取られて間もなくの頃。
裏庭の片隅へと置かれたたらいに水を張り、諸肌脱ぎに髪を洗う女の白い背中を目の当たりにした。
女は名を乱菊と言い、親方のひとり娘で、年は俺より四つばかり上になる。
髷をほどいた髪はしとどに濡れて、露になった背に乳に、ぺたりと張り付いている。
ふるふると髪を振るうたび、水しぶきがキラキラと光を反射する。
露になった乳房が波打つように揺れている。
思いがけずに目に留めた、その艶冶な様に子供ながらに目を奪われた。
食い入るように見入ってしまったのだった。
夏の午後、庭の片隅で行水に耽る女は良くも悪くもあけすけだった。
縁先で足を止めた俺の視線に気付いてのち、恥らうこともないままに、クイクイと俺を手招きすると。
豊満な胸乳も露ににっこり俺へと笑いかけ。
「暑いでしょ。アンタも一緒に水浴びする?」
と、濡れたその手で俺の袖を引いたのだった。
…恐らく、それは。
この家へと引き取られたばかりの俺を、本当の弟のように思って掛けた言葉だったのだろう。
親を亡くしたばかりの俺へと、気遣わせまいと口にした言葉。
事実それは年頃を迎えた女にはあるまじき――それこそ四つも年下の俺を意識するまでもないと思っての振る舞いとしか思えなかった。
濡れた指先はひんやりと冷たく、また心地良く。
こっちにおいで、と。
再び促されて、近付いた先。
露になったその胸元に、不意に抱き寄せられて激しく鼓動が脈打った。


――あたしのこと、本当の姉ちゃんか何かと思ってくれていいんだからね?


そうして囁かれた言葉はやけに芝居がかっていて、この境遇に同情されていることも、同時に本気で案じられていることまでも察せられた。
だがそれ以上に、やわらかく心地良いその乳が。
美しい女の濡れ髪が。
白い肌が。
甘い匂いが。
邪気なく笑うその顔が。
否応にも俺の幼い情動を駆り立てたのだ。




…姉だと思え?
(冗談じゃない!)





何故なら、俺に取って彼女は既に『女』だった。
美しく、艶めかしいばかりの女。
突然のように転がり込んできた俺を厭うでなく、まるで実の姉弟のように可愛がってくれたそのやさしさに。心根に。
気付けばとうに恋落ちていた。
俺には決して見向きもしないであろう女を相手に。
所詮、俺を『弟』としか見做していない、四つも年上の美しい女に。





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