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黄昏が夜になる 2

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寝息を紡ぐ、やわらかなくちびる。…温かい。
起こさぬように、指先で触れた。
白く血の気のない頬は、恐らくまだ、彼女の怪我が完治しきっていない証だった。
今、ここに在るのは、失われるかもしれなかった『命』。
ここに…俺の元に、こうして還って来てくれたことが、ただ嬉しい。

「…つ、もと」

未だ目覚めぬ女の名前を口にする。
ただ、それだけで、どうしようもなく高揚した。


――好きになっていたのだ、この女を。


多分、もう…ずっと前から。
どう考えてもこの情のあり方は、『上司』としての一線を越えている。
失いかけて気付くなど愚の骨頂でしかなかったが、それでも今回は間に合ったのだ。
松本はまだ、俺の傍に居る。
他の誰でもない、俺の差し伸べる『手』だけを松本はまだ望んでいる筈だ。


正直、松本から「好き」だと言われた時は戸惑った。
俺は餓鬼の頃から雛森のことが大事だったし、多分…今でもまだ、好きだったから。
何より俺は、副官である松本を色恋の対象として見たことなんてなかったのだ。
意識したことなどなかったのだ。
これまで、たったの一度だって。
だから詫びた。
「すまない」と。
だが、松本は、逆に困ったような顔をして。

「いいんです、別に。ただ、隊長に知っていて貰いたかっただけなんですから」

だから忘れて下さい、と。
確かあの時、そう松本は言っただろうか?
死神になれ、と。
俺をここへと導いた女。
暴れ、猛り狂う内なる竜神の声を聞き留め、俺に真実を教えた唯一の女。
常に共に在り、背を守り、心を許しあった女。
…だが、それでも。
俺にとって松本は、副官以外の何者でもないのだと思っていた。信じていた。
けれど、今。
こうして失う恐怖を目前として、初めて俺は松本のことが好きだったのだと気付かされた。
いつの間にか雛森よりも誰よりも、松本のことが大事になっていたのだと、初めて知ることが出来たのだ。
だから俺は伝えなくてはならなかった。






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