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7.


「あたしに男運ないのって、案外アンタのせいかもしれないわ」


ミルクティーの入ったカップを両手で抱えながら、くちびるをツンと尖らせ恨めしそうに松本は言った。
てか、俺のせい…って。なんだ、それ!?
「おっまえ、言うに事欠いて…失礼にも程があるぞ。テメエに男運ねえのは俺のせいじゃねえ、お前自身のせいに決まってんだろが」
呆れる俺に、だが松本は尚も言い募る。
「ちっがーーう!!ぜえったいに冬獅郎のせいよ!!」と。
まったく持って理不尽である。
つか、そもそも言ってる意味がわかんねえ。
(やっぱ理解不能だ、このおんな)
俺はガリリと頭を掻いてから手にしたマグカップをガラステーブルにコトンと置くと、改めて松本に向き直った。
そして覗き込む。女の顔を。
戸惑いを持て余してるみてえな松本の面差し。
松本は至極気まずそうに視線を俺からゆっくりと逸らした。


思えば今日のコイツは何時にも況して情緒不安定だったような気がする。
(まあ、いきなり男三人に襲われかけたってんだから無理もねえか)
ふと時計に目をやれば、時刻は既に11時を回っていた。
手当ても終えた、茶だって淹れてもてなしてやった。これ以上俺が松本にしてやれることは何もない。
だが、そのまま追い帰すのは後味が悪い。


「なあ。今日は?来てんのかよ、また」
誰が、とは敢えて口にしなかった。
だが松本は、俺が『誰』のことを指したか直ぐに気付いたようで、ちらりと時計に目をやって、それからこくんと頷いた。
明日は日曜。となれば、松本家の『来客』はそう簡単には帰らないだろう。下手すれば朝まで居座る可能性すらある。
ならば…。
「泊まってくか?」
どうせ今夜は親もいねえしな、と訊ねた俺に一瞬目を見張った松本は、それから眉根をぎゅうと寄せて、酷く情けねえツラをした。
(それを見て、まるで泣き出す一歩手前の餓鬼みてえだと俺は思った)
そして頷く青い瞳。


「どわあっ…!!」


そのまま飛びつくように抱きついてきた松本に、押し倒されるような形で、二人。縺れたまま床へと倒れ込む。
松本の持っていた空のミルクティのカップがごとんと音を立て、ごろごろと床を転がった。
「お…っま、何すんだよ、いきなり!!」
倒れた拍子にぶつけた頭と背中が痛てえ。
だが、そんなものはお構いなしとばかりに抱き締められた。松本に。


「冬獅郎は…やっぱり優しいね」
どこか寂しげに笑った松本は、少しだけ顔を起こして改めて「大好き」と口にすると、再び俺の身体をその豊かな胸元にきゅうっと抱き締めた。
圧し掛かる重み。やわとしたふくらみ。見掛け以上に細せえ身体。シャンプーの匂い。…松本の匂い。
…やべえ。
くらくらする。
思わずその背に、細い腰に、己の両手を廻しかけて躊躇った。
それからぎゅうと強く両手を閉じて、目を閉じて。こみあげる衝動をやり過ごす。


目を、閉じて。
不意に脳裏を過ぎったのは、今しがた松本が口にしたばかりの他愛ない戯言だった。
…大好き、か。
松本がこうして時折口にする「好き」と云う言葉に深い意味なんてないのだと頭では理解していても、どうしようもなく心は乱れた。
どうしようもなく。
ざわざわと、胸はざわついた。





*
*

二人床に転がったまま、あれから軽く10分は経っただろうか?
「…なあ、」
だが、呼びかけたところで返事はない。
金色のやわらかな髪がヴェールのように床に広がっていて、更には視界までもを覆っていて、前は見えない。
温かい息が首筋を擽る。
甘く、濃厚なおんなの香りに眩暈がする。


「なあ、お前の気持ちはもう充分伝わってっから…いい加減退けって。なあ?」
ぽふぽふと背中を叩いて上から退くよう促すが、それでも松本は頑として動こうとしない。
ばかりか、更に強く抱き締められるばかりだった。
てゆーか。
「お前、やっぱ隙見せすぎ。他の野郎相手に軽々しくこんなマネすんじゃねえぞ。『襲って下さい』って言ってるようなもんだ」
チクリと嫌味のひとつでもくれてやれば、ようやく顔を上げた松本は「ぷう」と頬を膨らませていて。
「…するわけないでしょ。バッカじゃないの?」
ぶーたれた膨れっ面は、まるで河豚か頬袋をいっぱいにしたリスのようだ。
(つか。幾つだ、お前は)


「こんなマネ…。とーしろーにしか、しないわよーだ!」
言い訳みたいな胡散臭い言い分に、へーそうかよと流すように相槌を打つ。
「ま、餓鬼だしな」
どうせ餓鬼だし、手も出せねえと高を括ってるってだけの話だろ?要は『男』として見られてねえってだけのことだろ?
(まあ、当然と云えば当然なんだが)
だから、当然過ぎて腹も立たない。
それでもこうして松本とじゃれ合ってるのは嫌いじゃなかった。餓鬼の俺にはそれで充分だった。
…これまでは。






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あきゅろす。
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