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5.



「…やっぱり、嬉しくない?」
ちょことんと小首を傾げて伏し目がちに問いかけてくる松本は、確かにエロ可愛いと云えなくもない。
確かに普通の『男』なら、コロリとヤラれちまうだろう。誘われたと『勘違い』しちまうのだろう。
けど。
そんなマネされて、俺が喜ぶ筈がない。
むしろ俺は呆れていた。
出るのはデカイ溜息ばかりだ。


「あのなあ…ンなつまんねえマネしねえでも、俺はお前のこと嫌いやしねえし見捨てたりしねえっていつも言ってんだろ?気ぃ引くためだけにこんなマネされても、俺ァ全然嬉しかねえんだよ」
繋ぎとめる為だけのキスなんていらない。
そんなマネしなくたって、俺は松本を見捨てない。
こうして一方的なくちづけを受けるたび、幾度となく繰り返し言い聞かせてきた。口にしてきた。
だが。
何度も言うようだが、ぼふぼふとヒヨコみてえな黄色い頭を撫でてやり、噛んで含めるように諭したところで松本に理解が出来るとは思わない。…仕方がないのだ。
それほどまでにこの女の『心』の一部は既に大きく壊れているのだから。真っ暗で深い闇に囚われ続けているのだから。


それでも…例え微かでも、『心』に響けばいいとは思っていた。俺の『言葉』が松本に届けばいいと願っていた。
この女が、これ以上馬鹿でくだらねえ男共に泣かされるようなことがなければいいと、ただそれだけを俺は望んでいたのだった。





*
*

「うしっ、と!」
つるりとした白く肉付きの良い脚をぽんと叩いて手当てを終えた俺に、松本は「ありがと、冬獅郎」と照れたように微笑んだ。思わず見惚れてしまうような笑顔だった。
…ああ、本当に。
こんな時いつも俺は、コイツがあと少しだけ頭の回る女だったら良かったのに。もうちょっと楽に生きれただろうにと思わずにはいられない。
顔が良くてスタイルも良くて性格だって基本素直で可愛い女なんだから、本来ならどんな好条件の男だって選べるだろうに…これでもかってぐらい頭だけが悪リィから、ついつい変なのにばっか付け入られっちまうんだろうな。
それでもせめて仲のいい女友達の一人でもいりゃあちったあ環境も変わるんだろうが、松本はこっちに越してきてからそれらしい連れは一切出来ていないと言った。
上辺だけ、その場だけの友人・知人なら腐るほどいるけどねーと、寂しそうに笑っちゃいたけれど…。


そんなツラして笑うんじゃねえよ。


何度口に仕掛けたかわからない言葉を、結局は飲み込むことしか出来ない歯痒さ。無力な自分に苛立ちが募る。
だが、仕方ない。
餓鬼の俺じゃあどう頑張ったって、松本の『逃げ場』になってやれても守ってやることまでは出来ないのだ。ずっと傍に居てやることは出来ないのだ。勿論、抱えた孤独を癒してやることも…寂しさを埋めてやることも出来ないのだ。
(だって俺のこの腕じゃ、コイツを抱き締めてやることも慰めてやることすらも出来ねえのに…)



見下ろす先。
己の小さな手のひらを苛立ちのままに握り締めた。爪がギリリと手のひらに喰い込む。
こんな時、いつだって頭を過ぎるのは詮無いことばかりで嫌になる。
…あと、5年。
あと5年、俺が早く生まれていれば良かったのに。
俺が松本を抱き締めてやれるだけの器を持っていたら良かったのにと、どうしたって考えずにはいられない。
(まあ、こればっかりはどうしようもねえけどな)
どう考えたって5年と云う月日は埋まらない。追いつくことは出来ない。
そもそも今の松本が、17の『俺』を必要とするとは思えない。
俺がまだ『餓鬼』だから。
『男』を意識しないで済む『餓鬼』だから。
単に安心して懐いているだけに過ぎないのかもしれないのだ。
ならば俺は松本の心深くに踏み込むことなく、このまま此処に留まるより他はない。『逃げ場』として存在するより他はない。
だから松本には、早く釣り合うような優しい男を見つけていい加減幸せになって欲しいのだ。
もう二度と、くだらねえ男に傷つけられて俺に泣き付いてくるようなことがないように…。


諦念混じりにもう一度、ぽんぽんと軽く頭を撫でてやったら、今度は松本が「あーあ」と深々溜息を吐いた。
…なんだよ、それ。
ひとがせっかく慰めてやってるっつーのに、その溜息は。全く失礼な女だな、と思ったら。
「とーしろー、なんでまだ小学生なのかなあ」
って。
わけわかんねえことを松本は口にした。






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あきゅろす。
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