日乱 Jean Was Lonely 1 夏が終わってしまう前にみんなで花火をしましょうよ、と。 どこから仕入れてきたものか、見切り品の花火を両腕に大量に抱えて松本が言った。 その日の夜は風もなくっておまけに星しか出ていなくって絶好の花火日和だったから、黒崎達現世のヤツらや阿散井、斑目達も交えて川べりで盛大に花火を打ち上げた。 去り行く夏を惜しむかのように、どいつもこいつも笑って笑って大騒ぎして。 そして最後の花火を打ち上げ終えたのが、今からおよそ一時間前のことになる。 はしゃぎ疲れた今日の花火大会の首謀者である松本は、今、俺の膝で眠っている。 心地よい寝息を立てて、幸せそうに眠っている。 * * 「冬獅郎くん、麦茶飲む?」 「ああ、すまねえな井上」 冷たく冷えたコップを受け取り、喉を鳴らして麦茶を一息に飲み干した。カラカラに乾いていた喉が、少しだけ潤された気がして救われた。 「乱菊さん、良く寝てるねえ」 「ああ。馬鹿みてえにはしゃいでたからな」 おかげで部屋に帰るなり松本は馬鹿でかい欠伸を漏らすと、ガキみてえにごしごしと両目を擦りながら「眠いですぅ」と言い残して俺の肩に凭れるようにして目を閉じた。 僅か五分程の出来事である。 さすがに重みに支えきれず、松本の身体をずらして『一旦』とばかりに膝へ寝かせてみたのだが、そのまま松本が目覚める気配は一向にない。 しかしだからと言って無理やり起こす気にもなれず、結局そのまま松本を膝に、俺は寝入る女の顔をただぼんやりと眺めていたのだった。 染み付いた硝煙の臭いを流しに風呂へと入っていた井上も、そういえばどこか瞼が重たげだった。 「今日は乱痴気騒ぎに付き合わせちまって悪かったな。先、寝ててくれ」 「冬獅郎くんは?」 「もう暫く起きてる」 「そっか」 空のコップを盆へと戻し立ち上がった井上はてっきりそのまま台所へと姿を消すかと思われたが、不意に足を止め、「ねえ」と、俺を振り返った。 そういえばこれまで井上織姫とこんな風に差しで向き合ったことなどなかったな、と。夜風にゆれるオレンジ色の長い髪を見上げながら、俺は「何だよ」と返事をした。 松本は未だ深い眠りにあった。 俺の指は、そんな松本の金色の髪を撫で上げている。 井上の目が、松本の髪を梳く俺の指先に向けられていることはわかっていた。わかっていて止めようとはしなかった。松本を膝から下ろそうとはしなかった。 だから。 「冬獅郎くんと乱菊さんは…付き合ってるの?」 聞かれたところで特別驚きもしなかった。 (つっても、まさか井上がそこまで突っ込んだ聞き方をしてくるとはさすがに思わなかったが) 餓鬼の俺と、大人の女の松本と。 そんなこと、普通じゃありえねえのはわかっている。 だが、今更隠す気にはなれなかった。 認めた理由はそれだけの筈、だった。 「まあ、公にはしてねえけどな」 「! やっぱり、そうなんだあ!」 「はぁ?」 だから、何故井上がそんな嬉しげな顔で喜んでいるのかが俺にはさっぱりわからなかった。てっきり、『冗談だよね』と一笑されるものと思っていただけに。 「そっかあ、やっぱりふたりは付き合ってたんだね。そっかあ、そっかあ。良かった良かった」 って。何故そこで『良かった』になるのかも謎である。 「つか、驚かねえの?」 「?なんで?冬獅郎くんと乱菊さん、ものすごーくお似合いだよ?」 いや、そうじゃなくて。 「てか、なんで俺と松本が付き合ってると、井上が『良かった』ことになるんだよ?」 腑に落ちない俺に井上は改めて盆を握り締めたまま、ぺたんと畳に座りなおすと、眉を吊り上げ唾を飛ばして語り出した。 「あのね、こないだ恋次くんと弓親さんと話してたんだけど、あたしがいっくら『冬獅郎くんの好きなひとは乱菊さんだよ!』って言っても、ふたりとも冬獅郎くんの好きなひとは乱菊さんじゃなくって他にいるって言い張るから、あたし、それがどーしても納得いかなくって。だからずっと聞いてみたかったの!」 「あー。なるほど。で、阿散井と綾瀬川が言った他の女ってのは誰だ?」 「うーんとね、冬獅郎くんの幼馴染だっていうひと?」 「…なるほど」 どうせそんなこったろうと思ったぜ。 「あのね、恋次くんが言うには、冬獅郎くんは乱菊さんを戦闘で庇いはするけど守ったりはしないからって。冬獅郎くんが『守る』のはその幼馴染のひとだけだから、そのひとに惚れてるんだよって言ってたよ」 なるほど。と、俺は再び思う。 その考えは、一理ある。 確かに俺は、戦闘中に於いて松本を『庇い』はするが決して守りはしない。 だが、雛森は守る。 それが戦闘であろうとなかろうと、アイツを傷つけようとするもの全てから雛森を守りたいとさえ願っている。 話だけ聞けば、その部分だけを見れば、確かに俺が松本より雛森を重んじていると思われても不思議はない。…が。 俺は深く嘆息すると、「違げえよ」と。口先だけではあったが否定した。 → [次へ#] [戻る] |