日乱 1. 本当は、もう何時死んでもいいと思ってたの。 どこまで歩いても這いずっても足掻いても、結局あたしは一人きりで…。 差し伸べてくれる手のひらも、導いてくれる指先もない。 「魂魄は水だけで生きていける」 あたしをこの街に押し込めた死神は確かにそう言っていた筈だ。 けれど現実のあたしは水だけで生き長らえることも出来ず空腹で力も入らないままこうして地面に這い蹲り、今や二度目の死を待つばかりじゃない。 もう指の一本だって動かせやしない。 「この街で生き抜く為にはまず『拠り所』を作りなさい」 ああ、そんなアドヴァイス、糞の役にも立たなかったわ。 日々衰えていくあたしを助けてくれる人なんて、この街には誰一人としていなかった。あたしが金糸に青い目だから? 生きている時の記憶なんて今となっては定かじゃないけど、ここに来たからって何かが変わるってわけでもなかった。 苦しみも痛みも悲しみも孤独までも、何一つ変わってなんかいないじゃない。 (あたしはまた…こうして惨めに野垂れ死ぬのかしら?) つ、と涙が頬を伝う。 遠退く意識、霞む視界、あたしは静かに意識を手放した。 * * 「乙なもんでしょ、冬の花火も」 12月も半ば過ぎ、しかも夜半過ぎ、おまけに高い屋根の上とくれば自慢の髪も唇もガチガチに凍り付いていて、あたしは目の前の隊長に気付かれぬよう小刻みに身体を震わせた。 本当は。 花火だけを頼んで後の隊長のことは全て雛森にお任せして、あたしはさっさと自室に引き揚げる予定だったのに。 なのに雛森ときたら「それなら」とばかりに藍染隊長まで誘って来たから、さすがのあたしもこの微妙な関係にある三人を置いて帰るわけにも行かなくなったと云う次第。 「ありがとう、松本」 それでも。 色とりどりに散らばる火の粉を見上げながら、振り向くことなく貴方は言う。 「…ども」 本当は違うんですよと心の中では反論しながら、でもそれを口にすることはない。 ねぇ隊長、こんな『花火』なんかじゃないんです。あたしが本当に隊長にあげたかったものは。 流魂街にいた頃は、きっと雛森と二人、こうして夜空を見上げることもあったでしょう、打ち上げ花火に目を奪われたことがあったでしょう。 そんな遠い日の『思い出』を、今の隊長に差し上げたかったんですよと言ったら、貴方はどんな顔をするかしら? ああでも結局『計画』は全て泡と消えたのだ。 すみません、結局雛森は見事藍染隊長に取られてしまいました。 でもそうなのよ、あたしのする画策なんて、昔っから成功したためしがなかったのよ。 こめかみの辺りがツキリと痛む。…嫌だ、思い出したくもない。 冷たい地面の感触と遠ざかる背中。 苦い『記憶』が込み上げてきて、あたしは堪えるように俯いた。 花火はまだ終わらない。けれど見上げることすら出来ない。 吐き出した白い息、体が崩れ落ちていく感覚、不意に蘇る遠い日の記憶。 力なく冷たい地面に転がりながら、一人見上げた遠く儚い青い空。 「大丈夫か、松本」 「たい…ちょ…?」 支えられているのだ、と。気付くのにそう時間はかからなかった。 「どうした、具合でも悪いのか?」 顔色が悪いぞと躊躇うことなく覗き込まれた翠の瞳。 鮮やかな花火の明かりを反射して、キラキラと輝く銀色の髪。身体に感じる手のひらの温もりにジンと胸が熱くなる。 でもそれを悟られるわけにはいかない。 「ち…違いますよぅ、隊長!ほら、あたしこんな薄着ですし、さすがにちょっと…冷えただけです」 「…本当か?」 「はい。それよりたいちょー、せっかくの花火なんだし雛森と見てきたらどうです?」 何もかもを見透かそうとする翠の瞳はどこまでも真っ直ぐで眩しくて…あたしは目を逸らすことしか出来なかった。 → [次へ#] [戻る] |