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眠りの森の茨姫
06
「決して、この刀だけは取るな」


一瞬。ほんの一瞬だけ、緯夜の頭に過った紅炎の言葉

自身を本気で心配してくれる紅炎。緯夜の"過去"を知る唯一の存在。本当の兄妹のように、愛してくれる異母兄


だが、それは本当に一瞬のことで

次の瞬間には、もう緯夜の頭からそれは消え去っていた



―――――――



落ちてくる骨組み。自身に迫るそれは、白龍が我に返った時には目前まで迫っていた

逃げられない、死ぬ。兄の死に際が、姉の顔が目に浮かぶ

死にたくない。願っても、最早それを叶えることは不可能
迫る"死"に、ただ白龍は怯え頭を抱えた



骨組みが、床に叩き付けられる音が白龍の耳を打つ。だがいくら待っても、想像した痛みは来ない


「…あ、れ…?」


不思議に思った白龍は、恐る恐る固く閉じた目を開き周囲を、背後を見る


視界に飛び込んできたもの。それは自身の両脇に転がる真っ二つにされた骨組みと、

炎の中、刀を手に熱気に銀髪を揺らす緯夜の姿だった


「緯夜、殿…?」


彼女の手にした刀に、真っ二つの骨組み。緯夜がやったのか、聞きかねている内にくるりと振り向く

銀色の双眼は、普段とはかけ離れた強い意志を宿し輝いていた


『白龍』


銀色に射竦められた白龍は、自身の名を呼ばれ漸く我に返る。その間に緯夜は自身の上着の帯を解き、まだ若干湿り気を持つ上着を被せた白龍をおぶり帯で固定した


「わ、わ!!緯夜殿!?」

『行くよ。掴まってて』


普段とは違う声音。だがそれに逆らう気など全く起きず、白龍はしっかりと緯夜の肩を掴む。それを確認し、刀を握り直した緯夜は駆け出した


それからはもう、圧巻だった


炎の中、熱や火に怯むことなく緯夜は走る。落ちてくる骨組みや倒れた柱。様々な障害を、刀一本で切り崩す。その間も足は止まらず、速度が落ちることもない

白龍をおぶってなどいないかのような動き。背の白龍は、まるで自身が風になったかのような錯覚すら覚えた


不意に、緯夜は足を止めた。目の前には中にいる内に焼け落ちてしまったのだろう、半壊した入り口。これでは先に進めない


『チッ…めんど、くさ…』

「緯夜殿…」


気付くと白龍の掴む肩は上下に大きく揺れており、呼吸も荒い。首筋や頬に伝う汗から、当然のことだが疲労が溜まっていると一目でわかる
不安と心配から、衣を掴む白龍。それが伝わり、緯夜は一度だけ深呼吸する


『大丈夫』


一度だけで呼吸を整え、それだけ言う。たった一言、だが力強いそれに白龍の不安は払拭された


ぐ、と刀を握り締める。確かな感触を確認すれば、後は自然と"記憶"が身体を動かす


―壱ノ華


ス、と横向きに構えられる刀。呼応するかのように、刀身が光を帯びる


―地獄蝶!!


刀を一閃。直後、軌跡に残った斬撃が形を帯びた。火の中現れたそれは、黒い揚羽・地獄蝶。蝶は一匹一匹まっすぐ崩れた入り口に向かい、羽や触覚、身体が触れた途端、瓦礫を巻き込み消滅

全ての地獄蝶と共に、瓦礫が消える。支えを失った入り口が崩れるより先に、緯夜は炎から抜け出した


「皇女殿下!?」

「皇子!!」


ガラガラと、二人の後ろで本殿が崩れる。ギリギリのところで飛び出してきた二人に、皆驚くやら喜ぶやら。そんなことには構わず、刀を収めた緯夜は帯を解き白龍を下ろした


「白龍!!」


下ろすと同時に、人混みを掻き分け駆けてくる白瑛。流れる涙を拭いもせず、血塗れの白龍を躊躇いなく抱き締めた


「あ…姉、上…」

「白龍、白龍…!良かった…あなたが無事で、本当に、良かった…!!」


ボロボロと溢れる涙。人目も気にせず、夢中で白龍を掻き抱く。そんな姉の姿に、何時しか白龍もわんわんと泣き出した


「さ、皇女殿下。お怪我の手当てを」

『………た』

「はい?」


その間に、女官の一人がボロボロの緯夜に声をかけた。手当てを促すも、小さく呟いた緯夜は突然、ヘナヘナと膝から崩れ落ちた


「皇女殿下!?」

『…つっ、かれたァ〜!!』

「はいィ!?」


座り込む緯夜に真っ青になるも、飛び出した言葉に女官は拍子抜けしてしまう
その後、話を聞き付けた紅炎が来るまで緯夜は地べたに座り込んでいたとか

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あきゅろす。
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