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眠りの森の茨姫
09
話を聞き終えた白龍は、ただただ茫然としていた

幼い思考には難し過ぎる内容、壮絶過ぎる過去。頭がパンクしそうになるが、時間をかけてゆっくり理解していく


「……緯夜殿、は、異世界の方で…作られた人間、で…友人を失くしてて、大怪我し過ぎてはいけなくて皇女で……ええっと…」

『うん、一旦落ち着こうか。炎兄、任せた』

「全く…」


結局、以前同じ話を聞いていた紅炎がキャパシティオーバーしかけの白龍にわかりやすく、端的に説明した。それで漸く、白龍も理解する
緯夜がどれだけ辛い思いをしたか、あの刀―イノセンスが緯夜にとってどれだけ危険なものか。そして、緯夜が長く生きられず負傷すれば更に短命になってしまうことも


「緯夜殿は…長く、生きられないのですか…!?」

『そうだよ』


信じられないと言いたげな白龍にあっさり頷く緯夜。そのまま寝間着の襟に手をかけ、胸に黒々と刻まれた梵字―呪符を見せる


『この呪符は、僕の命の残量を表してる。これは僕の命そのもの…今は何ともないけど、これが全身に拡がった瞬間に呪符の効果は切れ、同時に僕も死ぬ』


淡々と、他人事のように話す。今の彼女に、"眠る"ことだけを求める緯夜には、最早"死"に対する恐怖も躊躇いも、無い


「―……だ」

「?」

『白龍?』


ポツリ、白龍が何か呟いた。小さすぎるそれは二人にも聞き取れない。バッと顔を上げた白龍は、大きな右目にいっぱいの涙を浮かべていた


「嫌だァ!!」


「!!」

『わっ!!白龍!?』


叫ぶと同時に、白龍は緯夜の胸に飛び込んだ。突然のそれに驚かされつつ、寝台に片手を付き何とか受け止める


「やだやだやだ、嫌だ!!緯夜殿まで死ぬなんて嫌だ!!」

『ちょ、白龍…それはまだ先だから…』

「絶対絶対絶対嫌だァァア!!」

『いやだから、嫌だって言っても無理だから…』

「なら!!」


子供とはいえ、全力なのだろう思いっきり肩を掴まれ緯夜はほんの僅かに顔を歪める。だがそれより、涙でぐしゃぐしゃだが強い決意を宿した右目に息を飲んだ


「僕が…俺が緯夜殿を守ります!!緯夜殿を死なせたりなどしません!!」

『!』

「絶対です!!必ず、俺が守ります!!」


言い切ると、再び泣き出し緯夜に抱き着く。わんわん泣きじゃくる緯夜に、ふと紅炎と目が合った緯夜は悲しげにふ、と笑った


絶対死なせない。どう足掻いても、それは到底叶うことの無い願いだ。緯夜の体質が、変わりでもしない限り

どんな術も、緯夜の命を延ばすことはできない。緯夜自身も、それを望まないのだから


『白龍…』


抱き着いたまま泣きじゃくる白龍。幼く小さな―それは緯夜も同じだが―背に、緯夜は手を回す


『―ありがとう』


是も非も無い。ただ一言、それだけを口にした

幼い、故に純粋で不可能な誓い。だがそれを今、伝えるべきではないことくらい緯夜にもわかる


泣き喚く小さな身体を、緯夜はただ抱き締めていた



第1章 最後の安楽〈了〉

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