眠りの森の茨姫
07
皇帝陛下と、皇太子―白雄・白蓮の葬儀が執り行われた
三国を平定し、煌帝国を創り上げた偉大なる皇帝。未来有望な次の皇帝。大きな存在の喪失に、城は、国は深い悲しみに満ちていた
そんな中。幸い被害を受けずに済んだ離宮の一室、緯夜の自室では
「緯夜お姉様、大丈夫…?」
『全然大丈夫だから』
「紅玉、俺が看ているからそう気にするな」
「確かにお兄様なら大丈夫でしょうけど…でも…」
納得いかないらしく、寝台に横になる緯夜の手を握り締め紅玉はうー、と唸る。白龍や紅覇同様、何故か自身に懐いている異母妹の頭を緯夜は空いている手で撫でた
『僕は大丈夫だから。ね?』
「お姉様…」
『あ、もしかして炎兄のこと?ごめんね取っちゃって、返そうか?』
「そうじゃなくて!それもあるけど、そうじゃなくて…!」
どっちも好きなのー!!と緯夜と紅炎の腕に抱き着く紅玉。愚図っているのか甘えているのか、判断しかねる行動に二人は苦笑する
『紅玉、ホントに大丈夫だから。心配しなくていーよ』
「本当に…?」
『ホントホント』
ね?小首を傾げれば漸く納得し、渋々ながら紅玉は部屋を後にする。出ていったことを確認すると、大人しく横になっていた緯夜は思いっきり身体を伸ばした
『あー、だらだら寝てるなんてかったるーい』
「こら、緯夜」
『いいじゃん今くらい。怪我なんて、とっくの昔に治ってるしさァ』
寝返りを打ち、ふてぶてしく言い放つ緯夜に堪らず紅炎もため息を吐く。寝間着の裾からチラチラ見える包帯は、彼女の言う通り不要だと紅炎も理解してはいる。だがそれとこれは別だ
「緯夜…呪符は、」
『全然変わり無し。別に死んだわけじゃないし、あんなの掠り傷だしィ』
軽い口調。だがそこに混じる単語に紅炎の表情が僅かに歪む
チラリと、紅炎の目が寝台の脇、立てかけられた刀に向けられた
「あの刀…使ったんだな」
『でなきゃ白龍死んでたし』
「確かにそうだが…それがどういうものか、一番わかっているのはお前だろう?」
『そりゃね。9年と、多分10年以上使ったもんだし』
「なら…」
『後悔は、してないよ』
紅炎より先に、緯夜は端的に告げた。硝子玉のような銀色に、紅炎も口を閉ざす
『別に、僕は今の状態に喜びなんて感じてないから。寧ろ最初は"眠れなかった"ことに腹立ったぐらいだよ。それのせいだって
けど、僕は何もかも放り出したからね。それに恨みも怒りも、何も感じちゃいないんだ
僕は"生きてる"ことに何も覚えない、何も感じない。だからそれを取ったって、何ともないんだよ』
淡々と、何の感情も見られない口調と目。まるで人形のような、機械のようなそれに紅炎は表情を歪めた
『…で。盗み聞きなんて悪趣味だよー、白龍ー』
「!?」
その言葉に勢いよく紅炎は入り口に目を向ける。見ると、顔半分と片腕に包帯を巻いた白龍が恐る恐る顔を出していた
「白龍…!?」
「あ、あの…」
『いーよ白龍、おいでー』
聞かれたか、確認するより先に緯夜が手招きする。呼ばれた白龍は、おずおずと寝台で半身を起こす緯夜の下へ
『一応確認するけど、どっから聞いてた?』
「、……紅炎殿が、呪符と言った時から…」
『成る程、最初からだね』
「、」
ビクリと震える白龍の頭を宥めるように撫でる。手付きから怒ってないとわかり、白龍の震えも止まった
『さて…白龍、僕に聞きたいことがあって来たんだね?』
「は、はい…」
恐る恐る頷く白龍は、緯夜を見上げた
あの火の中、振るった刀は何なのか。燃え盛る火に焼かれても、ほとんど怪我しなかったのは何故か。そして、今しがた聞いた話は
「白龍…その話は、」
『いーよ炎兄。子供でも、白龍には知る権利ってもんがあるんだから』
「………」
『いい?白龍。これからちょっとした昔話するけど、誰にも話しちゃいけないよ?白瑛にも、叔母上にもね』
そうして、緯夜は語りだす
傲慢な神の戦争を、理不尽な世界を、滅茶苦茶で滑稽なお伽噺を
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