思わぬところで
『おい、あれ櫻だよな?』
「でも…櫻ちゃんがこんな所にいるわけ…
…ある…みたいね。」
振り向かなくてもこの声の持ち主達が誰かと櫻には容易く分かる。
だってそれは、自分が一番大好きな人達で…でも、今は一番に見られたくない人達でもあったー
特に父様は…私が今会っている人の事を
時空を超えて知っているから
ー彼が源氏の総大将だと言うことを…
今更隠れるわけにもいかないし、それにどうやら隣にいる九郎さんにも私の名前が聞こえてしまったみたいで父様達を不思議そうに見ちゃってる。
櫻が意を決して振り返ると、嬉しそうに微笑んでいる未麻と、どこか怪訝な眼差しをする将臣と目が合った。
「あれ?お兄ちゃん達、こんな所にいるなんて珍しいね。」
何事もないかのように、櫻は敢えて自然に振る舞ってみた。
「ふふっ、ちょっと出かけていたの。」
『櫻、お前こそ此処で何をしてるんだよ?』
何も知らない未麻の穏やかな返答とは打って変わって、将臣のものはどこか刺々しい。
気落ちしてしまった櫻が黙っていると、九郎がさっと櫻と将臣との間に立った。
『そなたは櫻殿の兄上でいらっしゃるか?
別に俺は怪しい者ではない。妹君が市で絡まれていたので一緒にいただけだ。』
『助けてくれたってことか…失礼な態度して悪かった。
俺は有川将臣。櫻が世話になったな。』
「こちらの御方は九郎さんと仰るんだけど、私を助けてくれた後、ご友人の方がせっかくだからって朝餉をご馳走してくれて。今から帰ろうとしてたところで。」
様子を窺っていた未麻も、漸く口を挟む。
「そうだったんですね。九郎さん、本当にありがとうございました。櫻は京にはまだ不慣れだから助かりました。
私は姉の未麻と申します。」
九郎は花が綻ぶような笑みを浮かべる未麻を見て、一瞬驚いた顔をすると直ぐに顔を赤らめ視線を櫻に戻した。
『二人は本当に似ているのだな。』
櫻はその九郎の態度が引っかかり、言いようもしれない不安に駆られる。
『九郎、ここからは大丈夫だ。サンキューな。ほら、行こうぜ。』
将臣は櫻の腕を掴むと自分の後ろへと引っ張った。
「九郎さん、それでは失礼しますね。」
未麻はそう言うと名残惜しそうにしてる櫻に耳打ちをする。
“櫻ちゃん、九郎さんに何か言いたいことがあるんでしょ?どうして将臣が苛立ってるのかわかんないけど、将臣のことは任せて。”
未麻は櫻にウインクすると、櫻の背中をトンと押した。
慌てて櫻が未麻を振り返ってみると、未麻は将臣の腕に甘ったれるようにすがりついていた。
「ねぇねぇ、将臣〜。明日お弁当作るから二人で出かけない?」
『何言ってんだぁ、突然?っておいっ、櫻が九郎に何か言いに行っちまったじゃねーか。』
「いいじゃない別に。将臣はあの九郎さんという方、知ってるのね?どうして櫻ちゃんが近づくの嫌がるの?いつもは放任主義のくせにね。また私に…内緒なの?」
未麻が寂しそうに言うものだから、将臣は狼狽えて頭をガシガシと掻き乱す。
『あーわかったから、そんな顔すんなって。
明日、出かけた時に話してやるからな。』
将臣は未麻を自分の方に抱き寄せると、髪に優しくキスをした。
櫻が九郎に話し掛けようと九郎の顔を窺うと、案の定顔を真っ赤にさせ目の前でイチャついてる二人から視線を宙に泳がせている。
「九郎さん、大丈夫ですか?」
『ん、あ…ああ。将臣というのはお前の義理の兄上ってことだったんだな。目のやり場に困ってしまうな。』
「えっと、そうなんです。あの二人は本当に仲が良くて。」
本当の関係を九郎に説明することは勿論できないから、櫻は九郎が都合良く理解してくれたことを感謝した。
それと同時にさっき九郎が未麻を見た時の態度が気になり始める。
九郎さんは時空は違くても
やっぱり母様に出逢ったら…恋をしてしまうの?
父様とのことショックに思うの?
遠巻きに二人を視界に置く九郎の表情を櫻はこっそり盗み見する。
けれど、凛としたその顔の裏で何を思っているのかは計り知れなかった。
「未麻ちゃん…綺麗ですよね。九郎さんもあんな女性が好きなんですか?」
込みあがる不安から知らずとそんな言葉が口から零れていた。
『未麻殿は…それは綺麗だと思うが…って、なっ、何を言わせるんだ突然!?』
「だって…九郎さんの顔が赤くなってたので…そうなのかと思って」
『く、くだらんこと言ってないで、何かあってこちらに戻ってきたのではないのか?』
九郎に曖昧にはぐらかされてしまい、これ以上追及もできず櫻はその話題は諦めると一呼吸置いてから本題に入った。
「九郎さん、あの…また九郎さんの稽古を見に来てもいいでしょうか?」
妙に改まって櫻が話し出すので、九郎は目を丸くして驚く。
その顔が櫻にはノーと言っているように思え、それ以上見ていられずその場で俯いた。
“今のは忘れて下さい”と言おうとした時、櫻は頭に温もりを感じ恐る恐る見上げてみた。
目を細め優しく微笑む九郎と視線が重なる。
『今さら聞くことではないだろう?待っているぞ。』
そう言うと九郎はもう一度、櫻の頭を撫でる。
暗闇に明かりが灯るように、その笑顔とその言葉が櫻の心を明るく照らしてゆく。
「絶対に来ますね!」
嬉しくて満面に笑みを浮かべる櫻
『ハハハ、お前は本当に犬みたいだな!よしよし。
ご兄妹がお待ちのようだぞ。ではな。』
犬扱いをされたことは不服だったが、少しだけでも九郎に近づけた事が櫻の胸を踊らせたのだった。
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