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残り香
「将臣っ!」

ガバッと起き上がった未麻は、激しい頭痛に襲われ顔をしかめる。

これが世にいう二日酔いなのかなー

初めて経験するけど…噂通り、最悪な気分かも。

ゆっくりと刺激しないように瞼を開けると、何とも言えない面持ちで九郎が未麻を見つめていた。

あ…

私、今…将臣って言ってたんだ…。

「あの…九郎」『やっと起きたか!
たかがあのぐらいの酒で、いつまで寝てるんだ。』

さっきまでとは打って変わって、やけに明るく振る舞う九郎。

聞こえていたはずなのにー

わざと気づいていないふりをしてくれる。



大丈夫。

この人のこと

好きになれるよー

ううん、好きにならなきゃ。



未麻はふと自分が九郎の部屋の…それも褥の上にいるということに気づき、とっさに自身の着物を確認する。

そのあからさまな行動が可笑しく、九郎は失笑した。

『俺は何もしとらんぞ。』

“何も”という言葉に反応し、未麻は思わず九郎の顔ーというよりも唇を見てしまい顔を真っ赤にした。

そうだ…私

九郎と…

一度思い出してしまうと、次々と浮かび上がる昨夜のこと。

未だ残っている九郎の唇の感触

お酒の勢いもあったのかも知れないけど、

私自身ー九郎となら構わないとー

本気で思った。


どうも九郎を見つめたまま固まっていたらしく、九郎はどうしていいか分からず、耳まで真っ赤にして顔を背けた。

それを見た未麻まで同じように赤くなり、2人とも手に負えない…。

「一体何なんです、君達は?初夜の後でもないのに…見ている方が恥ずかしくて、本当にうんざりですよ。」


お前こそ…何故人の部屋の様子まで把握できるんだ。

毎度、毎度とこちらだってうんざりだ。

九郎がそう思い弁慶の声がする方を振り向くのと同時に、弁慶は未麻を背中から抱き寄せていた。

そして次の瞬間、弁慶は未麻の顎をとり、上を向かせせる。


「未麻、

おはようございます。
大したことはなかったとはいえ、僕以外の男の部屋で朝を迎えるなんて…

君は本当にいけない人ですね。

僕の事を直ぐにでも思い出させてあげましょう。」

弁慶の唇があと僅かで未麻のに重なろうとしたー

……嫌!


いつもは弁慶が導くまま、引き込まれるように弁慶の口付けを受け入れてた未麻がー

初めて抵抗し…顔を逸らしていた。

弁慶はその綺麗な細い指からは想像できない程強く、未麻を自らの方に引き寄せようとしたがー

それは九郎により遮られた。

『嫌がっているではないかっ!』

その声にすっと弁慶の手の力が抜け、未麻は九郎の胸の中に抱き寄せられていた。

「九郎の頭の固さまで、うつってしまいましたか?
ほんの挨拶のつもりだったのに、寂しいですね。」

いかにも悲しい顔をする弁慶だが、その瞳には確固たる嫉妬の色が浮かび上がっていた。

そしてそれは…未麻を引き寄せた九郎からした甘い香により、更にかき立てらる。


まあ…いいでしょう。
未麻…

君は後に僕を拒んだあの瞬間を、

後悔することになるでしょう。


「未麻、もうじき景時の所に行きますから、支度をして下さいね。
あと、頭痛に効く薬湯も用意しておきますから。」

弁慶は立ち上がると、未麻の頭をそっと撫でる。

『弁慶、俺が連れてー』「君には鎌倉殿の名代としての仕事が溜まっていたでしょう。それを優先した方がいいのでは?」

九郎は正当な理由を持ち出され反論できず、ただ弁慶に従うしかなかった。




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