九郎 鞍馬に暮らし始めて数日経ったある日のこと、未麻はいつもの様にリズヴァーンの稽古を眺めていた。 迷いのない華麗な太刀裁きはいつ見ても目を奪われてしまう。 自分も剣道をやっていたが、根本的に何かが違うと思う。ただ剣を振るっていた自分がなんだか恥ずかしく感じてしまう。 『未麻、どうした?飽きてしまったか?』 「お兄ちゃんが太刀を振るう1つ1つの動作が綺麗で絵になるなぁって思ってただけだよ。」 リズヴァーンは口元こそ布で覆っていて見えないが、その優しい目を見れば微笑んでくれてるのがわかる。 「川からお水を汲んでくるね。お兄ちゃんも喉渇くでしょ?」 『1人で行けるのか?』 まだ数日しか共に過ごしていない2人だが、互いに通じる物があるのか未麻はリズヴァーンを本当の兄のように慕い、リズヴァーンは妹のように未麻を可愛いがっていた。 竹筒を抱え川の方に走って行く未麻を見送ると、リズヴァーンは再び稽古を再会した。 未麻は直ぐに川にたどり着いたが、水を汲むにはかなり前かがみにならなければいけなかった。 近くに生えている木の枝を掴み、バランスを崩さないようにそっと竹筒に水を汲む。 『そこの童、このような場所で何をしている!』 突然の罵声に未麻は慌てて背後を振り返ると、反動で態勢を崩し川に落ちてしまった。 「ぎゃあ…!」 思ったより深かったみたいで、全く足が着かない。 もう…ダメだ…と思った瞬間、自分の体がふいに軽くなった。 『童を驚かせるつもりはなかった。申し訳ない。』 見上げると橙色の長い髪をポニーテールにしている青年が、自分を抱きかかえて申し訳なさそうに自分を見ている。 「あ、あの…助けてくださってありがとうございます。でももうちょっと場を察して欲しかったです。」 言い返されると思っていなかったのか、その青年は一瞬呆気にとられたが直ぐ我に返った。 『お、お前…!…でこのような山奥で女子が何をしている?』 「何故見ず知らずのあなたに答えなければいけないの?」 青年は見た目よりしっかりした返答をする未麻のペースに完全にはまっていた。 『俺は、源九郎義経だ。この先の庵におられる剣の師匠に会いに行くところだったのだ。これでよいか?』 源義経…といえば源氏の牛若丸か。 お兄ちゃんが言ってた通りだ。 別に疑っていたわけじゃないけど、ここに来てからというもの山に隠っていて現実味がなかったのだった。 「そう…あなたが源氏の総大将様ね。 お初にお目にかかります、私は有川未麻よ。じゃあ行きましょ。」 地面に下ろしてもらった未麻は、そう言うと水の入った竹筒を1つ九郎に手渡しニッコリと微笑む。 『…なっ!?』 思わず受け取ってしまう九郎が優しいのか、はたまた未麻の微笑の裏にある迫力に負けただけなのか… 弁慶なみだ…と九郎は1人思うのであった。 『それより…未麻は、先生の庵に行くのか?』 「あそこでお世話になってるの。」 『そうであったのか。先生が…。』 九郎の中のリズヴァーンとは人と関わるのを拒む臥があったのでかなり意外だった。 2人とも着物も濡れてることだし、取り敢えず庵に向かって獣道を戻り始めた。 「義経はー」『九郎でいい』 「じゃあ九郎、ところであなたは何歳なの?」 『17だ。』 「そう…一緒だったのね。」 『そんな訳なかろう!』 思わず声を上げてしまう九郎。 「訳あって姿だけ若返ってしまったの。」 『そんな馬鹿げた話を俺は信じぬ。』 一切受け付けませんという顔で九郎は言い放つ。 やっぱりお兄ちゃんが察しがよかっただけなんだ。 九郎に時空を超えてきたと言っても、全く聞き入れてもらえないとわかりこの話はやめようと未麻は思った。 少し歩くと急に九郎が周囲を警戒し始めた。 既に太刀の柄に手を添えている九郎はさっきまでとは別人に見えた。 『未麻、俺が合図を出したら俺のことは置いて走れ。囲まれている。』 「えっ、九郎は?」 『俺の事は気にするな。』 そう言うと九郎は太刀を抜き、少し後方に下がった。 すると木の陰から骸骨の落ち武者のようなのが現れた。 『怨霊め…。 未麻、行け。』 九郎は太刀を振るいその怨霊とやらを斬りさく。 ギシシャ… 変な音と共に怨霊は後ろにのけぞりかえった。 未麻はあまりに衝撃的で動けずに見てしまっていた。 九郎の太刀裁きはお兄ちゃんのと似ていて綺麗。 『お前!まだいたのか!!行けと言っただろうが。』 未麻が我に返り逃げようとした時は怨霊が横から既に現れていた。 怨霊は太刀を振り上げており、未麻は咄嗟に目を閉じてしまう。 もう…ダメかも…。 キーン 剣と剣がぶつかり合う音がするので、目を開けると九郎の背中が目の前にある。 次の瞬間ザクッという音がした。 先ほどまで九郎が戦っていた怨霊が九郎を追って来ていたらしく、九郎は避けきれず左肩を斬られてしまった。 『……っ…!!』 「あっ…九郎!」 肩をかばいながらも、2体の怨霊を相手にする九郎。 どう見たって九郎には分が悪い。 未麻は枝など剣がわりにできるようなものが落ちてないか探したが、都合よくそんなもの落ちてる訳がない。 九郎はじりじりと詰め寄られている。 もうダメかと思ったその時だった。 ザッシュ、ザッシュ 次々と怨霊が斬り倒されてゆく。 倒れた怨霊の背後で金色の髪が揺れているのが見える。 お兄ちゃん…だ。 未麻はホッとして力が抜けそうになったが、『先生…』と呟いた九郎の身体が崩れ落ちてきたので寸でのとこで抱き留めた。 『怨霊はまた動き出す。取り敢えずこの場を去る。』 リズヴァーンは未麻から九郎を抱き上げると、未麻の手を掴み鬼の姿消しの術“隠形”を使い庵に戻ったのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |