学園天国! 奇妙奇天烈! その教師の奇行は、目立つばかりであった。 「クフフ、フフフフ…」 まずその笑い方。 「おはようございます、みなさん。」 怪しすぎる敬語。 「きゃあっ、六道先生よーっ!」 そして、その美貌…。 「クフフ、みなさん今日も元気ですね。」 「いやーん、六道先生ったらぁ!」 うざったい女の猫なで声の横を、早足で通りすぎる。 次の授業は生物。 先生は周りの女に構うのでいっぱいのご様子。 まったく、綺麗すぎるのもときに酷だね。と同情しながら、理科室へと向かった。 右、左、…よし。 「ヤツ」はいないようだ。 ──────────…… 「では、授業を始めます」 静かな教室。 私の頬を掠める、先生に向かう女の熱い視線。 男の諦めにも似たため息。 私はどちらにもため息をつきたくなって、代わりにノートにカッパを、一匹、描いた。 私の空砲の能力を知っているのは、この学校でも少ない。(風紀委員たちと、もちろん雲雀恭弥だけ。) 「落書きは感心しないな。」 目の前に座った同じ班の男に、低い声で忠告。 授業は着実に、終わりへと進んで行きつつあった。 「ほっといて。」 あんたのノートじゃないんだから、構わないでしょ。 つっけんどんにそう返せば、 「……へぇ、ちとせはいつから僕にそんな口を利くようになったのかな。」 その口調、声色に、苛々した感情すっとばして顔を上げた。 ああ、やっぱり上げるんじゃなかった。 「やぁ。」 楽しそうな彼。 ─雲雀恭弥。 私の前に座っていたやつは、他の同班のやつと仲良く、床に寝そべっていた。 「また殴ったのかよ。」 呆れ半分にため息混じりでそう訊けば、ジャマだったからと当然のような回答。 コイツが授業に乱入してくるのは、なにも初めてのことじゃない。 家庭科の調理実習のときにひょこりと顔を出したかと思えば、私の最高傑作であるカップケーキを平然と平らげたり。 数学の時間、黒板に数式を並べていれば、途中からチョークを取り上げて自分で解き始めたり。(しかもそれがきっちり正解してるんだから質が悪い。) 「生物に出るなんて珍しいな。」 数多くの神出鬼没に名を残してきた彼であったが、未だ理科系には顔を出したことがなかった。 (理科キライなのかと思ったけど。) 終業ベルが近い。 六道先生が、思い出したように人差し指を立てた。 「そこ、イチャイチャするのも大概にしておきなさいね。」 ──ん? 「…イチャイチャ?」 どこで、だれが? 周りを見回すが、何故かこちらを見つめる冷ややかな視線と目が合うばかりで。 「どうやら僕たちのことらしいね。」 イチャイチャするなって。 また雲雀恭弥が平然と言ってのける。 そこには多少の呆れも感じて取れた。 「先生。私は、クラスでもないのに乱入してきた人を注意していただけです。」 少々の脚色を加えて事情を説明する。 ここでちゃんと言い張っておかないと、アノ雲雀恭弥と仲間だと思われドン引きされるのは間違いなく私なのだ。 「おや、そうですか?」 僕には初々しい初恋同士に見えましたが。 先生は尚も言い張る。 …どうやら私にケンカを売っているらしい。 雲雀恭弥に初恋を盗られるくらいなら、江頭2;50と結婚した方が余程マシというものだ。 コイツに恋なんかしてみろよ、一発で救急車発動だぜ。 (さらに彼は恋をしない。恋をするのは人間だけの特権で、コイツは最早人間ではないからだ。) (言うなればハルマゲドン?所詮、恐怖の大魔王ってヤツ。) 「あり得ません。」 「そうだよ、こんな馬鹿と一緒にしてもらったら困る。」 「……、」 彼も私にケンカを売っているらしい。 「とにかく、そこの二人は後で残りなさい。」 言われたところで、タイミング良くチャイムが鳴った。 私と彼は横目でにらみ合いながら、チャイムの鳴り終わるのを待っていたのだった。 ─────…… ときに彼は、 ─つまり六道先生は、少し前まで心理学の研究をしていたらしい。 「クフフ…、これが何だか分かりますか?」 「分かりません。」 「勿体ぶるな変態教師。」 理科準備室に呼び出され、私たちは白衣を強制着用。 …何故かご丁寧にゴーグルまで。 周りにはこぽこぽと、青いのやら赤いのやら、紫なのやらが泡を立てていた。 サイフォンも混じって、部屋にはなんとも言えない、保健室にも似たような酸っぱいにおいが立ち込めている。 六道先生は高々と、その男とは思えないほどきれいな手に持ったソレを掲げた。 「これぞ僕の開発した薬、゙惚れ薬゙です!」 「……はぁ。」 「だから何?」 淡い桜色をした、錠剤。 形は彼の趣味か、ハート型をしていた。 なんてワンパターンな教師だろう。こいつは心理学と称して莫大な税金を注ぎ込み、自分のナンパ成功率を上げる薬を作っていたのだ。 大変、奇妙で奇天烈で、よく言えば個性的ともユニークとも言えるが。 「なんと!この薬を見て何故そんな冷静でいられるのですか?」 「なにこいつ。うざったいな、黙らせてよちとせ。」 「嫌だよ気持ち悪いだろ。」 二人してぶつぶつと文句を言う。 それを見せるためだけに私たちはこの貴重な休み時間を返上したのかと思うと、ある種の怒りすら覚えた。 「こ、これは世紀の大発明ですよ…?」 「じゃあ言うけど、草壁のケーキ食べたの秘密にしてあげてるのは誰だっけ。」 「それお前も食べただろ!じゃあ私も言うけど、草壁の大事にしてたエロ本、勝手に捨てたの誰だっけ!」 六道先生が眼中にない私たちは、彼いわく「世紀の大発明」をも無視して口論になっていた。 「違う、あれはその、アイドルがちとせに似てたからだよ。」 「私に似たアイドルなんか気持ち悪くて見れないってか!」 「そうだよ気持ち悪いんだよ、なにがM字開脚だ。」 「キーッ、こンのエロ風紀委員長が!」 「大体君はね…─、」 「クフフ…、」 突如横から聞こえた奇妙な笑い声。 あ……。 すっかり忘れてた。 そろりそろりと隣を見れば、いつにも増して怪しすぎる薄笑い。 先生、あんた、気持ち悪すぎです……。 「……決めました。」 おごそかな口調で、先生は私たちを見据える。 瓶に入ったハートの錠剤が、コロンと音を立てた。 「君たちを、実験台にします。」 さらり、 きれいな黒い笑いを浮かべた六道先生は、今、犯罪宣言をした。 「ちとせ、空砲。」 「今無い。」 「…。」 「トンファーは?」 「整備中。」 「……、」 「……。」 手段は断たれた。 少なくとも私たちには、彼の「世紀の大発明」の話くらいは聞く義務があるかのように見えた。 ─────…… 「吊橋効果というのは知っていますね?」 「知らないよ。」 「知りたくもありませんけど。」 「話が進みませんね…、」 二人は黙って聞いていてください。 先生はあきれ顔で盛大なため息をつく。 すいません、物理や心理学は嫌いです。 「では、吊橋効果について話しましょう。」 …コホン。 (スクロールしちゃってネ!) 吊橋効果とは、吊橋の上で異性に声を掛けられた場合に恐怖からのドキドキを恋のドキドキと勘違いしてしまう効果のことです。 これを利用したのが、僕の惚れ薬。このハート型の薬とクローバー型の薬で対にして使います。磁石のように引き合うこの薬は、目標の相手が近づくと反応して吊橋にいるような状態、つまり恐怖からのドキドキを自身に与え、結果、お互いに惹かれ合い、恋に落ちる。薬を飲み続ければ、結婚まで出来ますよ。 …分かりましたか? 「サッパリ。」 「……あ、話終わった?」 「………、」 また盛大なため息。 先生はその奇妙奇天烈な色違いの瞳をひどく細めて、腰をおろした。 「理論的には完璧なんです。ただ、実験台がいない」 そして私たちを一瞥。 …その期待するような目は何ですか? 「お願いします!僕の実験台になってください!」 「いやだ。」 「お断りします。」 即答。 考えるまでもないお願いだ。 さっき言っただろ、こいつに恋をすることは死を意味するって! 「そんな…、君たちほど最適な実験台なんていないんです!」 「それでも嫌。」 「他をあたってください。」 私たちは席から腰を上げ、出口に向かう。 …そこで、六道先生は言った。 「やはりお二人は初恋同士なんですね…、」 「…………なに?」 「…誰と、誰が、何だって?」 殺意にも似た眼差しで、その奇想天外な髪型をした教師を睨み付ける。 勘違いも、甚だしいんじゃないか? 「でなければお二人は自信がないんでしょう?」 相手を絶対に好きにならないっていう自信が。 …挑発的な笑み。 それは、雲雀恭弥の戦いのときにも見せるそれと似ていた。 ……罠なんだ。 まんまと嵌められる。 でも、私たちは…、 「その薬、飲んであげるよ。」 「実験台になってあげます。」 ─…半端ない、負けず嫌いだった。 「クフフフフフ……」 (やりました!実験台確保です!嬉しい!嬉しいはずなのに、上目線の二人に腹が立つのは何故?) そして私がハート型、彼がクローバー型をそれぞれ、飲んだのだった。 ──────────…… 恋をしない、自信はある。 continue… [*前へ][次へ#] [戻る] |