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学園天国!
言ってみろ!











たまたま朝が早くて、たまたま奴と玄関先で会った。
奴の朝の第一声は、私への挨拶よりそれだった。









─────…






「ワオ」


驚きとも困惑とも取れないような声色で、彼は言った。
いつも冷静な彼がこのような曖昧な反応をすること自体がすでに事件として扱われるべきことのように思われたが、どうやら今回はその先が事件の本体らしい。
つまりは、また面倒事が起きたのだ。

私はうんざり反面、諦め半分で聞いた。


「…どうした」

「イジメだ」

「…………なに?」

雲雀にイジメ?
雲雀をいじめ?

聞いたときは「いじめ」の意味すら分からなくなった。
彼にとってのソレは受動的なものにあらず、むしろ能動的なものではなかったか。
(そして多くの割合を私が占める。)

だから誰だ、そんな根性あるやつは、と思った。
命がいくつあっても足りないくらいだろう。復活するたびにコンマ01秒もおかずに殺られるのがオチだ。

そして面白すぎる、とも思った。名前が分かったら友達になってやってもいい。
(だってあの雲雀に!きっと命がいくつもあるやつに違いないんだ。)


私は下駄箱を開けて上履きを取り出し、ニヤニヤしながらシューズを地面に落とした。ぺちっとダサい音がする。


「イジメって、なにされたんだ」


私が振り返ると雲雀のいる辺りからぱこん、と間の抜けた音がして、


続いてパコポコペコッ。


彼の下駄箱から、何かが転がり落ちてきたらしい。
カエルか?使用済み紙パックか、ペットボトルか。

その落下してきたものの一つが、私の足元辺りまで転がってきた。


「あ」


溢れるように零れてきたそれは、私にとって、今日が何の日かを思い出させるには充分なものだったのだ。

雲雀はポツリとこう呟いた──。





「下駄箱に、食べ物が大量に詰め込まれてる」









─────…








「イジメ、じゃないと思うけどそれは」


私は肩が凝るのをリアルタイムで感じた。重い。あとでアンメルツを買うよりなさそうだ。
買っておいた紙パックの牛乳を飲みながらそう思った。

自分の誕生日も知らない奴が外国の行事なんて知っているはずがないとは思っていたが、まさかここまでとは想像以上。
(所詮、学校が休みになるような祝日しか覚えてないんだろう。)
うずたかく積み上げられたファンシータワー。


「バレンタイン、って言うんだよ」

イタリアでは男女がそれぞれに花とかケーキとかあげてたけどな、日本では女が男に気持ちを伝えるのに利用してるらしい。

と言うと、彼はFrom下駄箱だった菓子の山を見て、グッタリとソファーに凭れかかった。


「気持ち?…ああ、好きな子に告白する日だって草壁が言ってたな…」

すっかり忘れてた。
チョコレートの匂いでむせ返りそうだ。気持ち悪い。


…本当に気持ち悪そう。
目がチカチカする。

彼は山の頂点に詰まれたクルクルのリボンの箱を摘んだ。黒地にロゼ色がなんとも大人っぽい。
私は、それが誰のチョコレートなのかを知らない。

ただ、そのリボンを彼の細くて白い指がスルスルと解いていく姿が、私には女の子を裸に剥いているように見しか見えなかった。(と言ったら変態に聞こえるのか、私は。)

だってあの解き方は…。

ゆっくりじっくり、まるで焦らすかのように蝶々結びを解いていく。
制服のリボンを解くみたいに。そんな様子が、何故だか彼からは容易に想像出来た。

(……無自覚って怖いな)

ぼんやりそう思った。
はらり、と包装紙が脱がされる。急にドキドキッと脈が跳ね上がった。
(おいおい、落ち着けよ、所詮、薬の効能なんだって…)

彼がチョコレートを一粒摘んで、薄く開いた自分の唇に押し込む。


「ちとせも食べない?こんなに食べると、流石に僕も鼻血出そうだから」


…雲雀が鼻血。
前に沢田綱吉が鼻血を噴いて倒れるのをどこかで見たことがあるが、雲雀もあんな風に鼻血を出すのだろうか。勝利のVを掲げながら?…いや無いな。

奴なら目の前でいきなりストリップショーが始まっても顔色一つ変えそうにない。それどころか「僕の神聖な学校で何してるの」とか言って咬み殺てしまいそうだ。
(思春期の健全な男子じゃないのか。)


「…で、」

「あ?」

「ちとせは?」

「何がだよ」

「くれないの?」


こてん、と首をかしげて見せる。
雲雀は自然に言った。
それが、当然であるべきことかのように。
あまりに自然すぎて、彼の顔がいつもに比べてかなりキョトンとしているように見えて、私は思わず言葉に詰まる。


「な、に、言って…」

「ちとせは今日がなんの日か、本当は知ってたんじゃないのかい?」

「……」


それを言われると、困る。とても。
確かに知っていたさ。
この並盛だって、彼が潜んでいること以外は至って普通の町。商店街を通ればイヤでも目につくバレンタインの広告、どこに眼球くっ付けてりゃ見ずに済むというのだ。

仕方なく私もチョコレートの山に手を伸ばし、残念ながら渡したい本人には届かなかった哀れなチョコレートを眺める。
From.T・K……。あえてのイニシャルか。しかしこの学校にT・Kなんてイニシャルのやついたか?
一応、写真付き名簿で名前と学年は把握しているつもりだったのだが。


「なぁ、この学校にT・Kってイニシャルの…」

「話、逸らすんだ?」

「……チッ」

ばれた。

「なんだよ、そんなに私からのチョコレートが欲しいのか」

「……」

「だったら"ちとせ様のチョコレートを下さい"くらい言ってもらわないとなー」

ニヤニヤしながら、からかうつもりでそう言えば、


「……、クダサイ」

「は?」

「聞こえなかった?君のチョコレートが欲しいって言ったんだけど」

「え…っ」


雲雀は相変わらず他のチョコレートの包みを指先で解きながら、「言ったんだけど」のところだけ私に視線を流した。
しかしすぐ手元に戻す。

予想外デスとはこのこと。
まさか棒読みしてまで言うとは思わなかった。
……というか、これだけのチョコレートを目の前にしてまだ欲しがるという奴の貪欲さに呆れる。


「……はぁ」

約束は約束だ。
私はバックから「特売品」として105円で売っていたチョコレートを取り出す。
こいつがこんなにチョコレート好きだなんて知らなかった。

ほら、とタワーを避けてテーブル越しに渡すと、それを見た雲雀が首を傾げた。


「普通、買った物そのまま渡す?」

「知るか。義理だよ義理」

「ああそう、」

義理ね。

なるほど、と頷いた雲雀はべりっと商品表示シールをはがして、ミルクチョコを食べる。
それから、舌を出してフッと笑った。


「さすが特売品。色気のない味がするよ」

「なっ…、悪かったな!」

そりゃ105円だし、贅沢言えないけど。
ほかのチョコからは色気ある味でもすんのかと思うと、私が負けてるみたいでムカツクのは気のせいか?

そこまで言うなら、何が何でも色気あるチョコレート食わせてやるってんだ。
私はスクールバックを手に取った。


「待ってろ、色気のあるチョコ買ってきてやるよ」

あっかんべぇをしてやると、彼は肩を竦める。
雲雀のことだから「1万円くらいするのじゃないと食べないよ」とか言うだろうと思ってた。
でも…

「…っぅお!?」

「そんなのより、」


でも、そんな予想ははるかに超えて、私のバックは引っ張られた。一緒に制服のリボンも引っ張られて、体勢的には前のめりにつんのめってるカンジ。


「コッチのほうが早い」


…「こっち」ってどっちだ?は、この際愚問だろうか。
こいつってキス魔なんだなー、と、頭のなかで冷静に考えている私がいた。






─────…






「いっぺん殺してい?」

「出来るの?」

「…今ならできそう」

「ケチケチしないでよ、何も変わってないくせに」

「いいや変わった、お前への殺意レベルが臨界点を突破した」

「そんなのあったんだ」


へーぇ、と、チョコレートを渡してきた人間の名簿にチェックをいれていく雲雀。
このチェック数が3つ以上になると「制裁対象」になるらしい。(…と、いうことは普段まじめな女子生徒が雲雀に3年間チョコをあげ続けると、もれなく卒業と一緒に咬み殺される権利をもらえるというわけだ)


そして私はというと、もうすでに奴の被害に遭っているので、一応清算済み。


「キスを被害呼ばわりするなんてね」

と彼は言うけれど、被害以外のなんだと言うのだ。
触れた瞬間に平手をかましてやろうとしたけどヒラリと避けられた。
これだから瞬発力がいいやつは…。
彼は名簿に記入する傍らで楽しそうに笑ってみせる。


「あんなに真っ赤になって、もしかして初めてだった?」

「っ…なわけあるか!」

「へぇ?」

「初めてなんかじゃねぇよ!」

「…そう、別に興味なんかないよ」

「…のやろー…」


初めて…って、やっぱり、覚えてないんだ。
熱出してたときのこと。
やっぱり、単なる寝ぼけだったのかもしれない。

深く考えて損した…と、私は昨日の残りのチョコレートに手を伸ばす。
ロイズンのチョコレートが美味しいと分かったので、そこのパッケージを選んで取った。


「……」


私の買った特売品のチョコレートのリボン…、に似たリボンを雲雀の鳥がくわえていたのは、おそらく気のせいであると思う。










チョコレートの隠し味




continue…





T・K?
クサカーベ・テツーヤ。
そうさ!
14日に更新したかったさ!

誤字脱字、辛口評価、
お待ちしております。






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あきゅろす。
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