狐の嫁入り
Ε
「おまちどおさまー」
「遅い。」
――――――――――……
彼女が珈琲を運んできた。
さっき僕が頼んだ、ブラックの珈琲。
いや違うな、今のには随分と誤解がある。
正しくは、僕がお昼前に、頼んだ珈琲だ。
彼女はトレイにクッキーやらケーキやらをたんまりと乗せている。
只今の時刻、3時のおやつの時間。
(それから僕、3時のおやつは文明堂のカステラ以外認めないから。)
僕はとうに終わった資料を机の上に積み上げ、愛読書の羅生門から視線を彼女に移す。
「何時間かかってるの?」
今の時刻よめる?
自分の名前分かる?
ふんっ、と鼻でため息をついて、本を閉じる。
僕はこの珈琲一杯のために一体どれだけ焦らされたら気が済むんだろう。
イライラしながら一時間も待つなら、様子くらい見に行ってあげればよかった。
この子に常識が通じないことくらい、どうして分かってやれなかったのか!
彼女への腹立たしさは通り越して、自分の腑甲斐なさにイライラしてしまう。
「はいどーぞー」
間抜けた声にまたふぅっとため息。
やっと休憩か…。
コトン、と置かれたお気に入りのカップ。
覗き込んで、僕はほっと落ち着きかけた気持ちが、悲しさに変わるのを感じた。
「……これ、なに。」
珈琲が入っているはずのカップに入っていたのは、どう考えても珈琲とはかけ離れたもの。
立ち上がる甘い湯気。
とろりと柔らかな焦げ茶色……。
「ホットチョコレート。」
中央にふわりと乗せられた雪のような生クリームに、上から振り掛けられたシナモン。
問い掛けるように彼女を見上げれば、フフンと勝ち誇ったような満足げな顔。
まるで今までの三時間は無駄ではなかったろうと言わんばかりの笑みだ。
「さぁお飲みっ」
へへんと挑発的に微笑まれたのでは後に引けない。
不味かったら殺すからと前置きをしてから、カップの取っ手を掴む。
ふー、息を深くはいてから、不味くても吹くのだけは止めようとかたく誓って、ぐっと一気に口に含んだ。
「!―――…ッッ!?」
脳天から突き抜ける衝撃。
反射的に背筋までびくっと伸びてしまった。
「ん?どしたの?…あっ、まさか美味しくて声も出ないとか……」
「……っつい」
「はい?」
「熱い!」
「…ぅ、え……?」
舌が痺れる。
熱さ、というよりもそれは痛さ。感覚が無い。
あまりの痛さに無意識に目に涙が浮かんだ。
「え、え?ご、ごめん!」
そういえば雲雀くん熱いのだめだった!
うっかりしてたー…。
「…っ。」
…そのすぐに何でも忘れるチキン頭に軽く殺意を覚えながら睨み上げれば、
「雲雀くん、可愛いね…」
なんてまた僕の殺意を煽るような言葉。
ああ、くそ。応接室では出来る限り血は流さないようにって決めてたのに。
「はい、お水。」
控え目に渡されたグラスに目を移して、まだ口を押さえたまま無言でそれを受け取る。
水を口に含んでも、やっぱり痛いのは消えない。
猫舌なんだ悪い?
「…あ、あの、ごめんね…?」
無言で痛みに耐えていれば、僕が怒ったと思ったのか、すごく小さな声で謝罪の言葉が聞こえた。
ああ、怒ってるよ。
…かなりね。
今すぐ咬み殺したい。
でも今はそれどころじゃなく尋常じゃない痛みなんだよ。
赤ん坊と戦って、興奮しすぎて舌を噛んじゃったときみたいなんだ。
「…もう、いい。」
喋るのも苦痛で、ペロリと舌を出したまま、また羅生門を開く。
彼女はまだ何か言いたそうに口をもごもごさせたけれど、何も言わなかった。
叱られて、ひどく落ち込む子供を見ている気分だ。
机には、僕が一口しか口を付けていないホットチョコレート。
給湯室には確かドリップコーヒーしかなかったはず。チョコレートなんてチャラついたものは僕が許可しないし(草壁のチョコケーキだって本当は違反だ)、シナモンなんてクセがあるもの、誰も給湯室に置きはしない。
だとすれば彼女はどこかに買いに行ったの?
まさか、もしかして、
僕のため、とか…。
資料整理も終わって、何もすることがない僕の頭には、そんな嫌な推測ばかり浮かんで。
浮かべば浮かぶだけ、落ち込む彼女が目に痛い。
ああ、もう。
僕にこんないらない思案させて。
ほんとに君には振り回されてばっかりじゃないか。
「………ねぇ、」
だからせめては、今くらい彼女を振り回したい。
僕は、ずぅぅんと沈み込んでソファーに座る彼女を呼んだ。
「ここ、座って。」
そう言って指差したのは、僕の膝のうえ。
「…ぇ、な、なん…!?」
「うるさいな、こんなことも黙って出来ないの。」
自分でも何を言っているんだと思った。
でも、その重大さは充分に理解しているつもりだ。
彼女を振り回すにはそれなりのリスクは覚悟してる。
デスクから椅子を引いて君に座りやすいようにしてやれば、恐る恐る僕の膝の上に座ろうとする君。
これ以上僕の機嫌を損ねないようにしているのか、やけに素直だ。
私、重いかもしんないよ…?だなんて。
「違う、正面向いてどうするの。向かい合わせに座るんだよ。」
「え…、だ、だって、そんなの…」
「いいから。ほら、僕の足跨いで。」
「うぅ…っ、」
恥じらうようにスカートの裾を持って僕の膝を跨ぐ。
うわ、この子、足柔らか…じゃなくて、もう。
逆に僕が振り回されてどうする。
痺れる舌を出して、一言。
「舐めて。」
痛いから。
「…な…ッ!?」
その時の彼女の表情。
ああ、カメラでも用意しとくんだった。
面白すぎて口元が緩む。
(違う、サディストじゃないよ僕は。)
「な、舐め、あの…っ」
あたふたふた。
「君のホットチョコレートのせいだからね。」
ほら、はやく。
僕の膝に乗っているせいで見上げるようになる君の顎を、急かすように引き寄せる。
怒ったように眉を潜める君だけど、そんなに赤くなられたら、ねぇ。
「君もお腹空いてるって言ってたし、都合いいんじゃない?」
「そ、それは…、そうだけど…。」
…面白い。
今まで散々僕を困らせて来たくせに、へぇ、こういうコトには弱いんだ。
「い、いただき、マス…」
躊躇いがちに伸ばされる舌。ちょっぴりだけ僕もドキドキした。
「…ん、…っ」
舌先が触れる。
彼女は本当に少しだけ舌の先っぽを舐めただけで、肝心の痛いところには何一つ届いてない。
これじゃあ、何も君を振り回したことにならないじゃないか。
「…ばか。」
焦れったいよ。
ぴちゃ、と鳴った水音。
あんまり君が遠慮するから、また僕が振り回されちゃうじゃないか。
「ン…ッ、ふ…!?」
少しだけ出た彼女の舌に、僕自ら舌を絡める。
これでちょっとはお腹いっぱいになったかな。
頃合いを見て口を離せば、
「は…っ、はぁっ…ぅ」
想像以上に息を切らしていた彼女。
…え?なに?
僕そんなに、してた?
「田中さ…」
何を話していいのか分からなくて、とりあえず名前を呼ぼうとして。
いきなり呼び捨てなんてちょっとなぁと思って、一応さん付けで呼びかける。
「ひ、ばり、くん…」
ハァハァと未だに息の荒い彼女。
さすがに心配になりかけた僕に、顔面蒼白になる悪魔の一言。
「もう一回、食べてもイイですか…。」
「え…。」
そのときになって僕は、彼女に何を教えてしまったのかを悟った。
――――――――――……
振り回したい、のに。
continue…
クハハハ!
甘い男だ雲雀恭弥。
どこまで君は純粋無垢になれば気が済むんです?
本当は腹黒暴力風紀委員長のくせに!
ちとせさんもちとせさんですよ。僕ならあそこは迷わず押し倒し…、
あ、いえいえ。こちらの話です。
それにしても中学生でディープですか。ませてるんだか馬鹿なんだか分かりませんねあの男は。
なんだか腹が立ってきたのでチョコレートパフェでも食べてきます。
ああ、あのホットチョコレート美味しそうだったなぁ。ちとせさん、今度は是非とも僕にお願いします!
では、また次回!
え、ろ、い、ね。
なんか描写きもいね。
これ「お恥ずかしながら」に入れた方がよかったかもしんね。
すいません。
ありでべるち☆
ありべでるち★かも。
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