狐の嫁入り
Γ
「座って。」
「は、はい…、」
――――――――――……
彼女にソファーを勧めた理由のひとつは、少なからず話が長くなるだろうと踏んだからだ。
そしてもうひとつは、逃げれないようにするため。
とにかくはドアから遠ざけたかった。
(僕だって立ちっぱなしは嫌だからね。)
「さて…、」
僕のいれた極上の珈琲を相手の前に差し出して、僕は聞く態勢を整える。
…実のところ自分のいれた珈琲に自信のある僕としては、ミルクや砂糖といったチャラついたものは混ぜてほしくないのだけれど。
しかしその苦さで口数が減っては意味が無いと、僕は彼女の前にフレッシュミルクとスティックシュガーを数本置く。
「あ、どうも…、」
軽く会釈されたのを無視して、僕はブラックコーヒーの美味しさに浸る。
彼女もそれを見習ったのか、砂糖やミルクには一切手を付けずにカップを口に運んでいった。
「…」
ブラックを飲み慣れていない子にはちょっとキツいかも知れないよ、なんて言ってあげないけど。
彼女もわりかし普通に飲みだしたので、少しだけ感心した。
「では、話に入ろうか。」
その言葉にきゅっと握られたカップの持ち手。やめてよね、そのカップは薄くて割れやすいんだから。
「で、君は一体、何者なの?」
昨日からずっと気掛かりで仕方なかったこと。
あの目あの耳あの尻尾。
どうみても、あれは偽物なんかじゃなかった。
つまり本物だろう。
だったら何故、人間に必要としない尻尾が付いていたんだ?
可能性は3つ…。
@退化した。
世界のどこかにはまだ、猿の尻尾が生えた人間が生まれたって話もあるし…。
…ん?あれ猿の尻尾じゃなかったけど。(まぁいいや)
A実は偽物。
あれだけリアルだったのと常識的な概念に囚われていたせいで、あれが偽物だったと気付けなかった場合。
世の中には憧れの相手になりすます、コスプレという種族がいるらしいからね(草壁談)。
Bまさかの夢。
彼女の言う昨日のことと、僕の言う昨日のことがズレている場合。たまたま生徒の顔が夢に出てきただけ。…僕もよく、あの煩い草食動物を咬み殺す夢を見るから。
…と、いうわけで可能性は3つ。
僕は、ゆっくりとカップを置いた彼女の瞳に視線を移して、しかし萎縮されても困るので睨まずに。
(ああ、彼女の秘密が知りたいが為に、ここまで自分を抑えなきゃいけないなんて。)
そしてこれまで長々と僕の予想を聞いてもらったわけだけど、それもようやく終わりを告げる。
彼女は一言、言った。
「私、狐なの。」
と…………。
「は?」
余りに突拍子もない答えに、ついつい気の抜けた返事をしてしまった。
危うく、持っていたお気に入りのカップを落とすところだ。
「なん、だって?」
気を取り直してもう一度。
ごめん、最近幻聴が激しくてね。草壁がクフフって笑ったときもそうだったよ。
僕はスティックシュガーの端の紙を丁寧に開け、珈琲に注ぐ。
「すぐには信じられないと思うけど。」
彼女の顔は真剣そのもの、だけどもそれが事実だとは限らない。詐欺師は自分の言っていることを本当の事だと信じて話す…故に、その口調は真実味を帯びる。
わかってる、Aでしょ?
コスプレって種族なんでしょ。成り切ってるんだよね、草壁もパソコンの中にはいくつも人格を持ってるって言ってたし!
スティックシュガーをもうひとつ取って入れる。
「嘘はいいよ、簡潔に真実だけを話して。」
……あくまで冷静。
こんなことで動じるような小さい男に、風紀委員長が務まるわけが無い。
端の紙を丁寧にちぎって、砂糖を珈琲へ。
「でも…、」
嘘じゃないし。どうしても信じられないんなら、証拠だってあるよ。
彼女は立ち上がる。
逃げる気じゃないだろうなと警戒して行く先を見れば、それは僕の隣で。
「…」
ちょっと近いような気もするけど、まぁいい。
「じゃあ、早速その証拠とやらを見せてもらおうか」
「オッケー」
彼女は僕の手を持って、自分の頭へ。…昨日、耳のあったあたりだ。
「いい?ここに、今から耳が生えるから。」
「…………うん…?」
え、もう?いきなり本題?
しかも今から生えるからって…、直球だね。
僕は彼女の頭に元から何もないかを確認しながら、少しだけ、その髪の柔らかさに驚く。初めて婦女子の頭髪なんて触ったけど、よくまぁここまで柔らかくなるものだ。
「いくよ…?」
そういうと君は、ブラウスの下に隠した首飾りを取ろうと手を後ろに回す。
(あ、校則違反。)
ジャラ…と外れてきたのは、…勾玉?赤というより朱色に近いビーズと白い勾玉で出来た首飾り。
(巫女とか、そういうのを連想させるような。)
何だそれ、なんて思っている間に、手のひらの下にはハムスターが蠢くような感覚が。
「………、」
恐る恐る、自分の指の間からその正体を覗く。
嗚呼、やっぱり見なければよかった。
どうみたってこれは…、
血の通った、狐の耳だ。
「どう?生えたでしょ!」
得意気に話す彼女を横目に、僕の視線はもう別のものに移っていて。
「尻尾…、」
昨日みたのと同じ、九本の金色の毛並みの尻尾。
彼女が嬉しそうに耳を自慢するたびに、それは犬のようにフルフルと揺れる。
(ていうか別に、狐の耳を自慢されても悔しくないから。)
「あ、うん…尻尾もちゃんと生えてるよ。」
さすがに生えてるところは見せられないけどね。
なんて笑ってるけど、僕だってそんなの願い下げだ。
そのせいで婦女子恐怖症になったらどうしてくれる?
時折どこか誘うように長い尻尾が僕の頬を撫で、その度に僕はそれを払いのけながら話を進める。
「つまり、その首飾りは君の擬人化を助けているわけだね?」
「そう。これがあるから、狐になるのを抑えられるの。」
「だったら昨日はどうして擬人化が解けていたの?」
まだ思考が夢物語を彷徨っている僕は、現実を見ようとコーヒーシュガーをスプーンで掬って入れる。
それを何度も繰り返し。
「昨日は生気が足りなくて、首飾りじゃ抑えられなくなっちゃってて。」
気を抜いたら吐血しちゃうし、このまま生気を与えられなかったら死んじゃうし……、
ああ、もうだめだって思ったときに……
「僕が現れたってわけ。」
「そうなの!」
もう、初めて見た瞬間はビックリしたよ!
だってこんなに生気ムンムンの人初めてだったし!
今でも実を言うとお腹空いてて、雲雀くんがすごく美味しそうで我慢してるんだけど!
…少々興奮気味の相手。
誉められてるんだかどうなんだか。
ていうか君はお腹が空くと生気がいるわけ?狐ってややこしいね……。
「私は、九尾の狐。天狐になるまではこの学校で暮らすから!」
何がなんだか分からない目標。天狐?九尾?
頭を整理するために無心で砂糖を入れ続ける。
「…要するに…」
君は狐で、生気を主食として生活をしている、と…。
「ザッツラーイト!」
妙にテンションの高い君。
始めは無口、というか大人しいのかと思えば、今では妙に発音のいい英語。
まるで酔っぱらいだな、なんて思いながら、ふと出た疑問。
「ねぇ君、生気って、これからどうやって摂取するつもり?」
飢え死にしそうになるくらいだから、学校の生徒から取ったり近所の人から取ったりしてるわけじゃないんだろう?
また擦り寄ってくる二本の尻尾を手の甲で払って、珈琲カップを手にとる。
「ああ、じゃあ、雲雀くんから貰うわー!」
ブフゥッ!
思わず珈琲を噴き出した。
違う、彼女の発言に動揺したとか驚愕したとかじゃなくて、……なんだ。
…何でこの珈琲、こんなに甘いの?ジャリって言ったよ、砂糖が溶け残っているような感じなんだけどいつ僕は砂糖を入れた?
全く記憶にない。
それより今は…、
「雲雀くんだって、並盛中学の生徒に手を出されるのは困るでしょ?」
この(ズル)賢い女子生徒を、とにかくは僕に手懐けることから始めようと思った。
――――――――――……
狐だろ?大丈夫、たっぷり躾けてあげるよ。
continue…
って、わけで後書きなんだけど…、お、オレがやっちゃっていいのかな?
今回は質問→応答→質問→応答でずっとループだったよね。ご、ごめんね!
「沢田綱吉!どうして君が後書きをしているのですか?」
ひぃぃぃ!ろ、六道骸!
な、なんでここに…!?
「ここは僕の見せ場なのですよ!君は原作主人公なのですからこれくらい僕に譲りなさい!大体君は…」
あああ分かったよ!ごめんってば!
「ふん、田中さんにはいやに親切な謝り方をするのに…」
いや、それは、だって…、色々あるし…、
「ああもう分かりました!そうやって女性たちの母性本能を擽っているのでしょう、魔性男!」
そ、そんなわけないだろ!オレはただ…、
「おや、もう時間のようだ。」
わざとらしいな!
「それではお嬢様、また次回お会いしましょう。」
あ、じゃ、じゃあね!
「……よかったらこの後、夜景の見えるレストランを予約しているのですが…」
骸!
じゃあまた次回ね!
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