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狐の嫁入り
Α







屋上から見えたのは、
シルエットだけだった。

…耳と、尻尾。

確かに着ていたのは、並盛指定の女子ブレザーだったように思う。

…長い九本の尻尾と、ツンと尖った前向きの耳。

とうに過ぎた最終下校時刻の後に、夕陽に赤く浮き彫られた影。

綺麗に晴れ上がった空から、涙のように透明な雨粒が降り注いでいた。



―――――――――……



「これは…、」

どういうことだ。


屋上に通じる階段の手すり、僕はそこに残っていたものを、指で摘み上げた。


…見回りのために生徒たちのいなくなった校舎を、一人で歩き回っていたときのこと。
教室もチェックしたし、手洗い場もプールも特別自習室だって点検済み。


なのに、なのに何で…、

何で、
…こんなに真新しい血痕が残ってるっていうの?


「…、」

僕は一時間以上、巡回をしていたというのに。


…つい先ほど付けられたような、生暖かい血の跡。直径は大体2〜3cm。

そしてその紅に染められるように張り付いていた…

黄金色の長い毛。


「この学校に金髪の生徒はいないはずだけど…、」

…そう言い掛けてふと頭に自称家庭教師のイタリア人が浮かんで、そういえば最近は手応えのない草食動物ばかりだとため息。

しかしよく見ればその毛は、あの人のように強くはなく。
少し力を入れれば、容易く千切れてしまいそうなほど細い。(しかもあの人はこんなに長くない…はず。)


だとすれば誰?
この学校に、まだ誰かが残ってるっていうの?

そんなの…、



「………咬み殺す。」

当然。当たり前。

だって下校時刻は過ぎてるんだから、罰を受けても仕方ない状況だよね。
風紀を乱されるのは不愉快だ。


僕は鈍色に光るマスターキーを胸ポケットから取り出して、屋上の扉の鍵穴に差し込んだ。



ギィ…といつ聞いても頭が痛くなる立て付けの悪い音がして、夏独特の、木々たちの青い匂いが鼻腔を掠める。


「…君…、」

やはり、生徒が屋上に残っていた。
顔や頭を隠すようにうずくまって肩を両腕で抱えているが、確かにうちの女子用制服を着ているので違いない。
僕は素早く隠していた鈍器を装備して、彼女を呼んだ……。


「最終下校時刻は過ぎてるんだけど。」

「…!」

ようやく僕が後ろに来たことが分かったのか、驚いて顔を上げる君。
その瞳と容姿に、僕までもが息を飲んだ。


「ぁ…、」

琥珀を思わせるような丸くて潤んだ金色の瞳。
頭の上にピン、と立ち上がった尖った耳。彼女の後ろからは蛇を思わせるように蠢くフサフサの…尻尾。


…これは…、…何だ。
何の生き物?
人間に耳と尻尾が!
しかも尻尾は九本もある。


「き、きみ、それ…」

驚きで言葉に詰まる僕はこの後、さらなる驚きで言葉を失うことになる。

え、なにかって?


飛んできたんだ、彼女が。


いやその表現は正しくない。正確には飛び付いてきた、だ。
(ほらあの、ハイジが坂の下からおじいさんを押し倒すような感じで。)


不覚にも僕はその耳と尻尾だけで思考容量オーバー。唖然としていたままの飛び付きだったから、トンファーなんて構えられるはずもなく。


「…っく、」

慌てて手をついたけれど、半ば抱きつかれて押し倒されたような状況に変わりはない。
…虚しく、乾いた音を立てて転がるトンファー。


「何、してるの。」

誰に向かってそんなことしてるか、分かってる?


言葉を無視して僕の胸に顔を埋める少女。
より一層近くなったフサフサの耳に、やはり本物かと動揺を隠せないまま続ける。

人間であろうと動物であろうと、それ以外の生物であろうと。
この並盛にいるからには、僕の支配下だ。


「咬み殺、…ッ!」


お決まりの決め台詞を言おうとした途端、それは遮られた。

目の前にあるのは、彼女の顔……?


「!!」


そして僕の唇に、生暖かい濡れた感触。


やられた!
咄嗟にそう思うも、上半身を支えている腕を片方でも外したら倒れるのは確実。
だって彼女は、全身で僕に体重を掛けているのだから。


「はふ…ッ、んちゅ…、」

「…っん、…、」

あまりに唐突で、そして自分の知識範囲を超えた行動に唖然。
(キスという言葉は知っているものの、それで唇を舐め回したりするような奇行があるだなんて、誰が考えただろうか?)

眉を寄せながらも目を閉じるという行動には至らず、夢中で僕を求める彼女の不可思議な行為を眺めていた。

まさか口を開けようなどとは思わなかったが、しばらくそうされている内に、なんだか眠気を誘われるような感覚に陥る。欠伸したい。


「…は、はふぅ…、」

一通り僕の唇を舐め終えたのか、平静を取り戻して呼吸を整える君。

瞳の色も耳も尻尾も、見る限りはもう戻っていた。



「…」

もう、言葉もなかった。


「…あっ!…わ、私…っ!ど、どうしよ……、」

彼女は落ち着いた途端に、今の自分の愚かしい行動にやっと気付いた。
あたふたとどうにか愚行の正当な理由を探すが、ないのか言えないのか、頭を抱え込んでしまう。

(説明よりまず僕の上から退くことが先でしょ?)


ゆるゆると下がってくる瞼を無視しながら、彼女のことを目一杯睨み付けた。


あの、その、えっと、…
とうとう言いだす言葉が見つからなかったのか、

「す、すいませんでしたーっ!!」

それだけ言って君は、風のごとく雷のごとく、一瞬にして僕の元から走り去ってしまった。


僕を屋上に、残したまま。



――――――――――……



僕の「初めて」を奪った罰は、重いよ…?




continue…

という意味有りげな括りですね、クフフ。
本編の方に多分出番がないであろう僕が、これからの後書きを務めさせていただきます。
単にファーストキスを奪われた…という感じでしょうか。あれでいて彼はウブですからね、女性経験なさそうですもんね、クハハ!
(え?僕?クフ…、ご想像にお任せします、とでも言っておきましょうか。まぁ貴女とでしたら、色々と経験してもよさそう…ですけどね?…おっと、これ以上言うと放送禁止になりそうだ。)

…いかがでした?
記念すべき第二号連載風シリーズ。
続き気になる!という感じになっていましたか?
…その表情ですと多分なってませんね…。
ここの管理人の辞書に文才という文字はありませんからね。
あ…っと、そろそろ時間のようだ。千種と犬を外で待たせていますからね。
近頃はめっきり暑くなりました。犬には保冷剤を与えておかなければ。

それでは、また次回お会いしましょう。

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