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お恥ずかしながら。
ハラスメント上









これまた、悪質な嫌がらせだ──…



「や、やめてくださいっ」

「身体は、そうは言ってないようですよ?」

「い、嫌…っ」


後ろから回された手が、胸の頂きを探り当てようと這いずり回る。OLの制服の上、右手は胸に、左腕は腰に。
首元がくすぐったいと思えば、彼の艶やかな髪だった。甘い香りに混じって、分からない、目の前が霞むような匂い。もしフェロモンに匂いがあるとするなら、きっとこんな感じ。


「ろ、くどう専務…」

相手の名前を呼ぶ。
スリットになったスカートの裾から、腰にあった骨張った手が這い上がってきた。

「骸、で構いませんよ」

──今は、ね。
ちぅっ…とストローでジュースでも飲むかのように、首筋に吸い付かれる。
嫌悪なのか快感なのか、背筋がゾクリと波打った。


「だ、め…です。ここ、もうすぐ会議が…」

あるんです。
だから、コピーした資料を机に並べているところだったのに。
…彼の付ける独特の香水の所為か、頭がぼやけて言葉が拙い。拒否したい、のに、指示が運動神経に伝わらない脳の麻痺。


「大丈夫ですよ、少しくらいなら…」

「だめ、ですってば…っ」

少し強めに彼の胸板を押し退ける。
誤解を受けないように言うならば、私と六道専務は、単なる上司と部下である。
もちろん交際などしていないし、したくもない。
(だって彼、軽そうだもの…。)
だからただの一度だって、体の関係を結んだことは、ない。

なのに彼ときたら、専務のくせに何故か頻繁に下の課や部などに顔を出しては、私が一人になるのを見計らって襲ってくる。

これは、悪質なセクシャルハラスメントだ。
パワハラだ。
権力を振りかざした性的暴行だ。
平社員の私に、嫁選び放題の美男専務が何の用か。
こんな真面目腐った地味女じゃなくて、頭ゴテ盛りにした隈取りメイクの尻軽とやってりゃいいじゃないか。
貴方なら喜んで相手してくださるでしょうに。


「ぁ…っいや、」

ぷちんっ、とベストのボタンが外された。
そうだ、私、今襲われてるんだ。
楽になった胸元、ゾクッと、今度は明らかな悪寒。


「クフフフフフ……」

彼の口から笑いが零れて止まない。
いつもなら私が一人になっても、必ず誰かが近くにいてくれる。
隣の部屋とか、廊下とか。
だが、会議まではまだ30分以上の時間。だめだ、プレゼンをする人でも来るのは20分前。あとの10分で私がその気になって、何処かへ連れていかれたら、死ぬ。
物理的にではなく精神的に死ぬ。後悔の波となって私に覆いかぶってくる。
ああ神様仏様。
拒否したいんです、だけど食い扶持が無くなったら生きていけません。
どうか、私を助けて!


…願いが通じたのか、専務の手が私のブラウスのボタンに手を掛けたとき、その救いの足音は聞こえてきた。


「!、誰か来ますね」

「…っ」

私は彼がその音に気を取られている間に、間合いを取った。
慌ててベストのボタンを閉める。


「…何してるの、君たち」

と、同時に入って来たのは、いつも無口な雲雀課長。
使えない、とされる部下は彼にはいない。使えない部下も彼はことごとく、馬車馬が如く使うからである。
私は彼についたことはないが、噂では極道の世界にも通じているとか何とか。
寡黙で、少々強面なところもあるが、デキる上司としての支持率はNo.1。

助かった!と思った。
助かった、私はまだ、この会社で細々とやっていけそうだ、と。

しかし六道専務はまるでさっきのことなどなかったかのように笑顔になり、


「雲雀課長…、まだ会議の準備が終わっていませんから、もうしばらく外で待っていていただけますか?」

軽く課長に退室を促す。
私も、彼にセクハラをされていることがばれるのは避けたかった。いや、セクハラされているというより、六道専務に身体を触られて火照る頬を知られたくなかったのだ。

だけど今見捨てられたら、きっと恐ろしい展開になる。
私は渾身の目ヂカラによって雲雀課長にテレパシーを送る。お願いしますから、どうにか私をこの会議室から連れ出してください、って。

「…そう。じゃあ外で待つよ。六道、ちょっと取引先のことで確認を取りたいから来てくれる?」

雲雀課長は颯爽と部屋を出る。なるほど、二人を離すなら私を連れ出すより、六道専務を出したほうが自然だと判断したんだろう。
…多分。たぶん、ただならぬ雰囲気を感じとって、助けてくれたんじゃないかと、思う。


「……わかりました」

六道専務のほうは若干沈み気味な声でそう答え、私に一瞥をくれて退室していった。

パタン、と閉まったすりガラスドアの向こうで、二人分の影が揺れる。
一人きりになった部屋は、ただひたすらに、静かだった──…





─────





それからきっかり3ヶ月、私への六道専務のセクハラはピタリと止んだ。
噂では転勤だとか出張だとか色々あったけど、本当のところは分からない。
ただ職場が、六道専務が姿を見せなくなって1ヶ月ほど経つと、妙に色めき立ってきた。
男の人が、ではない。
女性がである。
なんと大胆に足の見えるスカートを穿いたり、見せたり、その他諸々。
それに合わせて男性の方まで感化されてか、聞こえてくる話題は今日の彼女たちの服装だとかそんなことばかり。

六道専務が関係している、とは思いたくないが、余程女性たちを欲求不満にさせるような行為をしてきたに違いない。

私は、その中で、ずっとその空気に耐えていた。ただじっと、自由になれる時期を、深海魚のように待つしかなかったのだ。





─────





事件は起こった。
平穏は望めば望むほど、私から遠ざかって行く。
お茶汲み場には一人分のスペースしかなくて、なのにこの男社員は……。


「あ、田中ちゃん」

「、はい?」

「田中ちゃんは、今夜の飲み会、参加しないの?」

「あ…はい、仕事が残っているので」

「へーえ、頑張り屋さんなんだ」


まぁ残ってる仕事って、浮ついた貴方たちが残した尻拭いですけどね。
ハッ!と鼻で笑ってしまうような乾いた笑いが出たけれど、それも気にしないように相手の男性は突っ掛かってくる。


「前から思ってたけど、田中ちゃんって、そういう飲み会とかあんまり参加しないよね」

「なかなか仕事の都合がつかなくて…、すいません」

「ううん、いいんだ、俺もそういうの苦手な方だし」

とかいいつつ、今回の飲み会の幹事、あなたですよね。
また薄汚い笑みが出る。

もしかしたら私は今、口説かれているのかもしれない。
女性陣に感化された男性陣の、なんと分かりやすいことか。

するり、と、不意に私の腰に彼の手が絡んできた。
あまりの不意討ちにビクリと肩が震える。


「ねぇ…、今日の飲み会、一緒に抜けちゃわない?」

「え、でも、幹事は……」

「副幹事もいるしさ」

「す、すいませんけど、そういうのは…」


腰にあった手は下へと移動する。
双丘をなぞるように、輪郭を潰さないように、爪の先指先でゆっくりと撫でてくる。

…ああ、またか。

正直な感想はそれだった。
いい加減、飽きました。
セクハラ、というのは思っている以上に多いものである。私の想像では、年に1、2回おしりを触られれば多い方だと考えていた。
だけどそれは大きく的を外れ、毎日のように下品な話題を振られては、週一という頻度の高さでケツを撫でくり回される日々!

盛ってんじゃねーよ猿共め、と一喝してやりたい気持ちを抑えて抑えて、私は、私のお尻から離れないその手をやんわり抑えた。


「お茶、かかっちゃいますよ」

ポットから注ぎたての熱いお茶を持つ。
何を勘違いしたのか、彼はさらに食い下がった。

「そんなモンよりもっと熱いの、欲しくない?」

…下品で醜悪だ。
かけてやろうと思っていたお茶は呆気なく床に叩きつけられた。飛び散る湯呑みが、激しい音を立てる。

年中発情している男など、手に負えないのである。
私はそれを、押し倒されてから悟った。









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