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お恥ずかしながら。
ワオ看護師さん?4裏上








よかったじゃないですか先生、夢が叶いましたよ。

私はフフン、と彼に見えないところで笑ってみせた。





─────…








先生は今、困っていらっしゃる。
それはいつも余裕綽々な彼の、意外な一面だった。

いつも弄ばれてばかりで余裕のない私をいじめる彼だが、今回ばかりはそうも行かないぞ。

診察室に、邪魔にならないよう静かに入る。
先生と相手との会話が、耳に響いた。


「うちの子、すぐに風邪を引いてしまいますの」

「そのようだね」

「でも雲雀先生にかかってから、少しずつ元気を取り戻して来ましたのよ」

「それはよかった」

「ですけど、私の病は一向に治りませんの……」

「………」

「先生?」

「一応、どんな病ですかと訊いておくよ」

「先生にしか直せない病ですわ」

「生憎、大人の病は専門外なんでね」

「あら、冷たいんですのね」

「……」


口をへの字に曲げて、多分マンガなら吹き出しの中にはスチールウールみたいなぐしゃぐしゃの塊が描いてあるところだろう。


先生がチラリとこちらを見てきたので、私はにっこりと笑い返す。
よかったじゃないですか、先生。

色気もクソもない小児科に、色気ムンムンな人妻がきて。
私の3倍は色気ありますよ、ですから遠慮なく私の残りの分はすべて彼女に回してください。
とめませんから。

私は、鬱陶しそうにカルテを書いていく先生の横顔を眺めた。
まるで数学の難問に引っ掛かったみたいに眉を顰めて、子供を睨む。
何をしてる、早く君の母親を止めろって。


「ひ…っ、ママぁぁあ!」

睨まれた晃彦くんは可哀想に、縮み上がって母親に泣き縋る。

ああもう、これだから医者嫌いの子供が増えるんですよ。
(だけどここの病院に患者さんが絶えないのは、一重に彼のお陰である。)

先生目当てでここに来られる人が、多いからだ。


「ねぇ、雲雀先生?今度、一緒にお食事でもいきませんこと?」

「その前に、子供が風邪を引かないよう気を付けてあげてくれる」

「ふふ、いやですわ雲雀先生ったら…」

もちろんですわ。
ですから、ね?一度だけで構いませんから。先生もお忙しいでしょうし、お礼の意味も込めて。

その私には無い豊満でバランスのよい体つきをした保護者の方が、先生の手を取る。
ギャッと言わんばかりに肩を跳ねさせた先生は、しかしすぐに冷静を取り戻した。

下から覗き込むように見上げて、きっと自分の武器を最大限に活かしているんだろう。
(とてもじゃないが私に谷間を強調させるだなんて破廉恥なことは出来ない。)

諦めきった彼の顔。


「…分かった、僕も貴方と一度じっくりお話したかったんだ」

先生は掴まれた手を払うわけでもなく、カルテに記入して私に渡す。
頓服薬と咳止め…朝夕二回のやつ、色付き薬で出しておいて。

「…分かりました、」

左手で人妻、右手で看護師の相手だなんて、普通の人が聞いたら羨むシチュエーションですよ。

私は薬剤師さんにカルテと先生の伝言を伝えて、診察室に戻る。

どうやら、もう患者さんたちは帰った後のようで。


「……ちとせ、」

呼ばれた甘い声に、ついついピクンと反応してしまう。
ああ、悲しき性よ。
もうこの後、診察の予定はない。つまり急患以外は、もう受付終了ってやつだ。

「ちとせ、」

もう一度、先生が私を呼ぶ。まるで子供を呼ぶみたいに、両手を広げて。


「こっちおいで」

「……」

でも、今回は。

逆らってみせようじゃありませんか、本能に。
(いや、今の言い方だと私が本能的に先生とやりたがってるみたいだが。)
(別に先生じゃなくても、いい、けど…)

理性的である人間。
本能が少しばかり壊れてしまっているから大丈夫だ。大丈夫だ。
先生にだって、きっと良識くらいは持っているに違いないから。


「申し訳ありません。私、このあと予定が入ってるんです」

出来る限りの演技力を以てして、本当にすまなさそうに言った。
嘘、といえど自分の演技力はすごい、と思った。
その瞬間に、先生の顔色が変わる。


「…予定?」

探偵マンガみたい、目の横にキラーン!なんて星が光りそうな鋭い目付き。
それは獰猛なようで、冷たくて残酷な。


「え、ええ…、まぁ、ちょっと田舎の家族と食事に…」

その視線に冷たいものを背筋に感じて、咄嗟に言い訳じみた言葉が出る。
いいじゃないですか、食事くらい、ねぇ。
田舎の家族と食事。親孝行な感じで。

…自分だって、美人な人妻と食事行く約束してたくせに。


「へぇ、君の田舎ってどこなの」

「えっ…?あ、ええ、み、宮城…の方辺り、です」

「宮城?なにが有名なの?」

「え、えーと、せ、仙台、とか…」

「仙台…」


訝しそうに眉を潜める彼。
…マズい。いくらなんでも県庁所在地を言っただけっていうのは怪しかったか?

だってでないと、これくらい復讐しないと、気が済まなかった。
自分は人妻と食事してもいいのに、私は嘘の家族との食事すら疑われるなんて。
私に飽きたからって、なにも目の前で約束することないじゃない。

……って、って…
これ…、これじゃあ、
まるで、


「ヤキモチ」

「…っじゃない!」


いい加減、人の心を勝手に読むのをやめてくれないかな。いや、確かに合っているといえば脳内と合致していたが。
ヤキモチは焼くことより、焼いてることを知られる方が恥ずかしい。


「バレバレだよ」


言い当てられて扉の前で怯んでいた私の後ろから、彼の腕が回る。ふわふわと薬品の匂いに混じって、先生の香りが鼻腔に届いた。
まさか中坊じゃあるまいし、ヤキモチなんて。


「あの人との食事、行ってほしくない?」

「…っそんな、わけないじゃないですか…」

「ふぅん?」

「先生とは、仕事上の付き合いですから」


私がそう言うと、グルンと勢いよく後ろに向かされる。おかげで少し首が痛い。
頬を両手で包み込まれたので、見つめ合いたくない彼の瞳と視線が合った。


「…っふ!?んん…」

「…っ」

「ぷぁっ、ちょ、待っ…んんぅぅ…っ」


合った視線を右に逸らした瞬間に、口付けられる。
待ってって言おうと胸板を押し返したけど、左腕に腰を捉えられてしまったせいで密着を余儀なくされた。


「ん、んんんっ!ふぁう…っ!」

「ん、は…」


固定された後頭部のせいだ。いつもされる甘くて緩やかなキスとは違う、苦しさだけしか感じないそれに、頭の奥で何かがチカチカと光っていた。

最後にクチュリと下唇を吸われて、やっとの解放。
キスって、こんなに、息が切れるものだっただろうか。肩で息をする。


「…言わせない」

「はぁっ、は…、…え?」

「これも仕事だなんて、言わせない」

「…っは、ぁ…」


反論するな、と目で言っているようだった。したら、またキスするよって、また苦しい目に遇いたいの?と迫られている気がした。


「せ、せんせ…」

一体どこに視線を合わせたらいいのか分からなくなって下を向こうとするが、それさえも反抗に見えるのだろうか。乱暴に上げられた顎が痛みと熱を孕んで、歪めた唇にまた…。


「ん…ぁふ…ッ!んく…」

「は…っ」

徐々に上がってくる呼吸さえ、今は嫌気が差した。
抱き締められるままに彼の腕の中で咥内をしゃぶられているのに、羞恥より嫌悪が勝るのは何故だろう。
いつもならもうトロトロに溶かされている思考も、涙が視界を霞めただけだった。


「…教えてあげるよ」

「ぅ、う…」

「淫売の仕事ってやつをね…」

「いや、いやぁ…っ」


ジジジ…、とナース服の横のファスナーが下げられ、雲雀先生の手が素早く動いた。
ブチッと嫌な音がする。
パラパラと冷たい床に散ったのは、紛れもなくファスナーの金具たち。


「あ、ぁあ…っ」

…破かれた。
私の、ナース服。

ナイロンってこんなに破けやすい素材だった?
混乱と困惑と、普段の先生からは想像も出来ない行動に、嗚咽にも似た泣き声が情けない。


「や、だぁ…先生…っ」

後ろで無理矢理手を組まされた後、布の擦れる音。
手首に絡み付いてきた感覚。忘れるはずがない毎日嫌というほど触ってきた。泣いている子供や騒ぐ幼児に巻いた、…包帯。
それ自体はゴムが入っているから伸び縮みして痛くはない。ただ一旦ゴムを伸ばしきれば、そこらの紐と同じ。
手錠がゴム製でないように、拘束目的で縛られた包帯は、優しく巻かれない。


「っ痛い、いやぁあ…っ」

ぎっちり、血が止まるかと思うほど縛り上げられた。
破かれたナース服に包帯で拘束されて、今の私はどれだけ惨めに見えるだろう。

壁に抑え付けられる。
小児科の「はをみがこう」と掛かれたポスターが、壁伝いに見えた。


「先生…っいや、やめ、くださ…ッ」

「先生?君は仕事でセックスする淫売だろ」

「ち、違、そんな…っ」

「仕事だから我慢しなよ」


破かれたナース服の横から乱暴に入ってきた手が胸を鷲掴む。
いつもの優しい慣らしすらなく引っ張り上げられた乳首に悲鳴。痛みの後に、ジンとした痺れが腰に走る。
短いスカートを捲り上げられ、壁に抑え付けられた私を後ろから襲ってくる。
露出させられた背中に、ナメクジのような生暖かい舌が這いずり回る。


「や…ン、ひィ…ッつ、」

「ん、は…」

「先生ッ、せん、せ…ぇ…もう、…っやめ、」

「…止めない」


無情にも切り捨てられた言葉。こんなに苦しくて悲しい行為なのに、終わらない地獄。気持ち良くなんかないのに、与えられる刺激は着実に募っていった。


「ふ、ァ…ッあ!ら、め…ゃ、せんせ…」

「もういいよね…」

「っあ、ぇ、ま…ッ」


バックなんとかって言うんだろうか。先生が見えないから、私は彼が今どんな表情で私を抱いているのか分からない。

ただただ時間を浪費するだけのこの行為に、私は、今まで雲雀先生がどれだけ丁寧に私を扱っていたのかを知った。

熱くて熱くて、でも泣きたかった。いや本当はもう泣いていたかもしれない。


「いっ、ぁあ…ンっ!いやだ…ぁ」

「…っん、」

「も、も…だめ…ッ!ァああッ!」

「く…ッぅ」


びくっと彼の腰が跳ねて、私も拳を握り締めた。壁で立ったままやると、掴むものがなくて苦労する。
パタパタ、と足やら尻やらに熱いものが掛かった。
お互いに息が切れていて、しかしそれは運動後の心地よい疲労感と違って、首を絞められた後の心臓の跳ね方に似ていた。





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