アブノーマルライフ!
第十夜
『は…っくし!』
「…白紙?」
「だから言ったのに…」
─────…
私の風邪は、双子の甲斐甲斐しい看護もあり、なんとか3日で完治を迎えた。
あの忌々しいガラガラ声も元の音域を取り戻し、全ては平和に戻ったかに見えた。
トコロガ。
それを1日開けて今日、
双子の弟であるキョウヤが、また風邪をこじらせてしまったのだ。
多分、私と同じモノを。
『ちとせ、頭ぐらぐらする喉イタイ身体重い…』
「はいはい、だろーね」
その声じゃあ。
いつもの自慢の低音ボイスは、まるで霧が掛かってしまったかのように鼻声だ。
妬けちゃうくらい綺麗で白い肌も今は鳥肌を立てたり火照ったりするので大忙し。
極めつけには何より、普段の威厳のカケラも見えない涙でぐしゅぐしゅの目。
寝返りを打つたびに流れる生理的な涙のおかげで、目元はふやけて赤い。
縋るように抱きついた枕に、さっきから頻りに爪を立てている。
「……38度9分、」
インフルエンザ確定ね。
まだ発病から、48時間も経っていないだろう。
今ならまだタミフルが効くはずだから、とりあえずキョウヤには薬飲ませて……
私たちは予防薬か。
昨日のうちに取りに行っておいた処方箋を取出し、何故かケロッピの薬袋から錠剤を数粒。
「これ、飲める?」
ぐったりして口数も少なくなった(キョウヤの口数が減るなんて本当に危ない)彼に、そっと問い掛ける。
病人に優しくしたい気持ちは、決して同情からなんかじゃないと思う。
『ん、ぅ…』
起き上がるのも辛そうだ。
幸い、ここにはストローだってある。
「無理しないで。飲ませてあげる」
『……………口移し?』
「馬鹿か」
『ちっ…』
………。
この子は、インフルエンザが接触感染で広まることを知らないのかしら!
口移しなんかしたら一発で感染るだろーが。
「私が風邪ひいたら、キョウヤの面倒はだれが看るのよ」
『…恭弥』
「2対1は不公平でしょ」
『………』
はぁ、とため息をつくと、言い返しが見つからなかったのか、おもいっきり口を歪ませるキョウヤ。
すぐ拗ねる。
「ほら、薬」
あーんと開けた彼の口に薬を放り込んで、ストローで寝たまま水を摂らせる。
始終嫌そうな顔をしたまま、錠剤を飲み込んだ。
「薬、苦手なんだ…?」
『……』
「また拗ねた」
『拗ねてない』
「……じゃあそういう事にしとく」
『……ちとせ、僕が元気になったら覚えてなよ』
「はいはい。何か食べたいものは?」
『………』
軽く受け流して要望を訊くが、ブスッとむすくれたキョウヤは何も言わない。
「辛いのは分かるけど、何か食べないと治らないよ」
『……』
「…キョウヤ、」
『ハンバーグ……』
「は?」
『ハンバーグ、食べたい』
あまりにも真面目くさった表情で言うものだから、私は思わず聞き返した。
何を言い出すかと思えば。
仮にも40度の熱に蝕まれながら、食べたいものがハンバーグ?
あのこってりしたデミグラスソースの?
「……えと、」
『ハンバーグ…、』
「た、食べられるの?」
『ちとせが作ってくれたら』
「………、」
今度は私が黙り込む番だった。
いくら病人の頼みだからと言って、あれだけ消化に悪そうなものを与えて、大丈夫だろうか。
そりゃ、しっかりご飯を食べないと元気になれないけど……。
「分かった、作ってくる」
とにかく体力をつけてもらうことが第一だ。
仕方ない。
ちいさく一口大に切って、柔らかくしておこう。
『ちとせ…』
彼に手首を掴まれる。
「なに?」
『…ハンバーグ、やっぱりいらない』
「………なんで、」
なんでまた?
いきなり唐突だな。
好物じゃなかったっけ、ハンバーグ?
『作りに行くんでしょ、今から』
「そりゃ…」
『だったらいらない』
「……」
手首を胸に持っていかれたまま寝返りを打たれて、自然と彼に引っ張られたような形になる。
腕に触れたキョウヤの首は、熱いのに汗ひとつかいていなかった。
「でも、それじゃキョウヤが、」
『……いらないよ』
「……」
…困った子。
急に寂しがり屋が出るんだから。
私は考える。
手っ取り早く、キョウヤにハンバーグを作ってあげられる方法。
ああ、料理上手な人が、もう一人くらいいてくれたら…
あ。
いた、いたいた!
いるじゃないか、料理上手な人!
キョウヤの好みも分かってる、最高の助っ人が。
「じゃあ恭弥に手伝ってもらって……」
『…っだから!』
「っ?」
さっきまで寝ていたキョウヤは、私がそう提案した途端、弾かれたように飛び起きた。
私は驚いて目を丸くする。
『だからそれが、嫌だって言ってるの!』
「…え」
『……っ鈍感!』
私が半ば遅れて事の意味を理解すると、キョウヤは悔しそうにそう言って、またバサッと布団を頭から被った。
離された手は、宙をさ迷ったまま。
「キョウヤ…」
病人に拗ねられると、なかなかこたえる。
病気を悪化させてしまいそうだ。
「ごめん、すぐ戻るよ」
出来るだけ早く済ますから。
そっと彼の髪に触れると、くすぐったそうに身を縮める。
『……やっぱり、気に入らない』
「ん?」
『恭弥のとこになんか、行かせてあげないよ』
そう言われてまだ頭に信号が伝わっていないまま、私の体は床に引っ張られた。
……否、
押さえ付けられた。
ばさり、とスローモーションで私の腕のあたりに、キョウヤが被っていたはずのブランケットが落ちる。
息が、止まるかと思った。
「きょ、きょう…っ」
『きらいだよ、ちとせなんか……』
少しも僕の思い通りにならない。
だから───…
…さっきまでの弱り切ったキョウヤは、もういなかった。
いるのはまさしくいつもの……いや、いつもより獰猛な瞳をした、私の知らない、男の人──。
「ぁ……」
『ちとせ、』
彼が私を呼ぶ、あの優しく看病してくれたキョウヤと同じ声で。
何度も重ねてしまう、キョウヤと。
でも彼はキョウヤであってキョウヤじゃなくて、それは感情のままに押さえられた手首の痛みが、なによりの証拠だった。
はぁ、と熱い息が首に掛かって、ぬるりとした何かが首筋を伝って這い上がってきた。
重ねられたキョウヤの面影に動くことも出来ず、恐怖に固まる。
ぐ…と首に歯が立てられたか、と思えば。
『ふ……にゃ…』
「…え、」
くてん、と肩に落ちてきた頭。緩められた手首。
私の上に乗ったまま、力尽きてしまったキョウヤ。
「あ、ぇ、え…?」
『……』
「キョウヤー?」
『………』
「ね、てる…?」
どうやら、そうらしかった。
私を押し倒して犯罪宣言をしたまではよかったものの、運悪く自分側の体力が尽きてしまったのだ。
インフルエンザで、40度で、たぶん意識的にも朦朧とした状態で。
私の胸の上には、まるでさっきの恐ろしさを感じさせない、あどけない幼さの残る彼の寝顔。
私が悪いのか彼が悪いのか、はたまた風邪のイタズラか。
とりあえずは許してやるとして、彼が元気になってもこのことには触れないでおこうと、固く誓った。
「さーて、ハンバーグ作るか!」
と、まずキョウヤを退けないと。
頭を打たないように庇いながら、くるんと身体を反転させる。
させた、ときに、恭弥が部屋に入ってきたのだった。
「……何やってんの」
「へ?え、あ、これは…」
あせった。
今、今の私たちの状況は、お世辞にも芳しいものだとは言えなかった。
反転させたおかげで、私はキョウヤの上。
タイミングよくキョウヤは爆睡中。
乱れた黒いパジャマ。
どうみても、これは。
「ちとせがキョウヤの寝込みを襲ってる」
「ちっがーう!」
冷静に私たちを見つめる恭弥とは裏腹に、この奇妙な双子との生活は、変な進展を遂げようとしていた。
──────────……
君を襲う、夢を見た。
continue…
テストやだなぁー。
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