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執事雲雀(完)
封筒と蝋








「な、に、してるの…?」


私が骸くんの手の暖かさに浸っていたのも束の間。
それは一瞬にして…、彼の声で、氷点下まで下がる。

背筋にはゾクリと嫌な悪寒が走った。

恐る恐る、振り返る。
そこには、やはり。


「ひばり…」

「ちとせ、君、なんでこんなとこにいるの?」


それはいつもの彼の威厳ではなかった。
唖然、愕然、裏切り。
そのどれにも当てはまらないような、すべてに属するような複雑な表情。


私にはもう、彼に言い訳できる術がなかった。


「……」

そこで微かに繋いでいた骸くんの手が動いて、ハッとした私は慌てその手を離す。
まずい、これ以上誤解されるのは、実にまずい。


「あ…っ、あの、これは…っ!」


「ちとせさんを、怒らないであげてください!」


「!」


彼への言い開き、これまでの経緯(…と言っても写真のことは言えないけれど)を説明しようとしたとき、今まで黙っていた骸くんが、突然口を開いた。

まるでそれは、私を悪の帝王(…)から守る勇者のような。
しかしそれにしては随分、出来すぎた芝居のようにも見える。


「…君には、聞いてない」

そして帝王は氷の言葉を勇者に投げつけ、勇者は果敢にも姫を守りながら楯を構える。(自分のことを姫だなんて気が引けるけど、今の設定ではそれが一番しっくりくる呼び名だから勘弁して欲しい。)


「ちとせ、僕は待ってろって言ったはずだけど。」

氷の瞳。
尚も投げ続けられるドライアイスのような声たちは、おそらくは勇者でなく姫を狙っているのだろう。
…姫は、楯を持たない。

それ故に、彼女はつい、楯を持つ勇者様に縋りついてしまいたくなるのであった。


「ごめんなさい…」

ひとまず、理由を説明できないとなれば、ここは素直に謝るのが一番。
(お母様に怒られたときだって、下手な理由は言い訳と見なされるのだから。)


私は今までで…そしてこれから先でも一番、腰を低くして謝った。


(元を辿れば私は主。彼はその主の執事なのだから、私が誰と何をしようと、彼は権限を持たないのだ。)
…なんて悲しいこと、本当は考えたくなかったのだけれど。


「雲雀くん、君は、ちとせさんにそこまで言えるんですか?」

あなたは、主をサポートするための執事ではないんですか?


怯まない骸くん。
眉をしかめる雲雀。
あぁ、映画のような殴り合いの争いではないけれど、今確実に、この闘争の原因は私なのだ。


「だから僕は、主の安全を考えているんだ。」

君みたいなやつに関わると、絶対にいいことなんて無いからね。

チャキン、と何か軽い音が聞こえ、続いてカシャンという金属音。
え?なになに?
思う暇もなく、光に反射した何かが私の目を眩ませる。

「だから…邪魔者は、排除するよ。」

「同感です。」


「へ?」


私の言葉の"へ"の少し前には、もうガチャンッと騒がしい音がこの静かな住宅街に響いていたように思う。

二人の手には、それぞれを消すための武器たち。
雲雀がトンファーを繰り出せば骸くんがそれを受け流し、骸くんがフォークみたいな棒で突けば彼はそれを跳ね返す。

その繰り返し。
リピートアフターミー。
(意味は分かんないけどリピートが入っているので何となく。)

どうやって止めよう…。

キィン、ガンッ。
骸くんの受け流した雲雀のトンファーが、一軒の住宅の塀を欠いた。

そこで、ハッとする。

あぁ、ここは、私ごときのために平和を壊していい場所じゃない。
公共の…いや私有地だが、皆様の通るごく一般的な通学路なのだ。
物を壊したり、騒いだりしちゃだめなところ。

私は大きく息を吸う。

そしてなるべく大きくなく、それでいて二人にはよく通る声で言った。


「これ以上ここで暴れたら、金輪際ふたりと口利かないよ!」


「!」

「!」

二人の頭の上で、ビックリマークが重なる。
途端に鳴り止む金属音。
交えた武器を慎重に外し、私に向き直る。


「ちょっと、暴れすぎた」

「それは僕も同感です…」

「うむ。」

なるほど賢明な判断だ。

…何故だかいつの間にか優位になっている自分。
これは勝機?


「ま、まぁ、いいんだよ、気にしないで!」

それより見て!もうこんな時間だよ!
さぁよい子はおうちに帰る時間じゃないかな。

ハハハ、なんて笑いながら二人を見る。
く…っ、かなり苦しいかもしれないが、お願いだ、今は頼むからやり過ごさせてください!


「…そうですね。」

切実なる無言の一生のお願いに、骸くんがまずは合致した。その表情は本当に納得したような、実のところ呆れたような顔。

…正直、ホッとした。
あそこでもし別れることに彼が賛成してくれなかったら、私はこの場を乗り切れなかったかも知れない。

雲雀も仕方なさそうにトンファーをしまう。


「この借りは必ず返す。」

「…いつでもお相手しますよ。」

二人の目線の間に散る火花を無視して彼を車に押し込み、骸くんに別れを告げる。

しかしこれからが本当の戦いだということに、私はまだ知るよしもなく……、



―――――――――……



「……」

「……」

今、知った。


「…」

「………、」

沈黙が怖い。気まずい。
相手が何を考えているのかが全く読めない。(いつものことながら。)


前ならよく話していた車での会話が、久しぶりだということもあり余計に静寂が重いのだ。


彼は今までどおり安全運転をしているというのに、私の心は不安ばかり。
ひとまずは無言で、屋敷まで帰った。



――――――――――……


「雲雀…、ちょっと」

私の荷物を部屋に運んで、いつもどおり部屋を出て行こうとする彼を呼び止める。

「ん、なに。」

さっきまでの骸くんとの一件を微塵にも感じさせないような彼の態度に少し安心しながら、通学カバンをベッドに置いて、自分もそれに腰掛ける。
雲雀には目の前に用意した椅子を。


「どうしたの?」

「……う、ん。」


まずは何て言おうか。

写真?いやいや、あれは言えないよ。雲雀に心配を掛けないために黙ってたんだから。

じゃあ…、始めは。


「骸くんとは、あの、雲雀が思ってるような関係じゃないから、ね。」

誤解を解くことが先決ではないか。

「……ふーん…、」

動揺したような彼の声。
きっと彼だって一番に不安だったのはそれなんだ。


「う、うん。だから、安心していいよ…。」

彼が少し笑ったような気がして、誤解が解けたものかと気を抜こうとしたとき、それは私にとってまだまだ浅はかだったということを思い知らされる。


「……だから、何?」

急に落ちたトーン。
鋼の刃。
彼の瞳からはすっかり温度という温度がなくなって、私の背中に冷たい汗が流れ落ちる。

ああ、ヤバイ。
この目は……。


「あいつと関係がないからってどうだっていうの。」

あいつ以外にも男は五万といるんだから。

そう言って席を立つ彼からの殺気。普通の人間の目じゃない……。
(狩る者の目だ!)


「…僕は君の執事として、お嬢の安全を守っているだけなんだよ。」

そう言う雲雀の声はひどく冷たい。

……お嬢。
なんて久しぶりに呼ばれた名前だろう。
ちとせ、だなんて私を呼び捨てしていたくせに。


「ひ、雲雀、私…、」

「言い訳はきかない。」

こんなことならもっと早くにこうしてればよかった。


目の前で立ち止まった彼を見上げるより先、ドンッと肩を力いっぱい押され、ベッドに倒される。
覆い被さるように迫る影。すべてが、私の知らない彼だった。


「簡単なことだったよ。…君を他のやつに会わせられないようにしてしまえばよかったんだ。」

「な、っ…」

何をするつもりだ。
反抗の言葉を発しようとした瞬間には、もう雲雀の顔がすぐそこで。


「!……っん、ぅ」

「…っ、ッ」


初めての深いキス。

彼も慣れていないのか時折眉を寄せては、苦しげな鼻に掛かった声を洩らす。

怖いやら恥ずかしいやら、初めて触れるお互いの舌にクラクラと頭が回る。


「んッ、んーっ!」

酸素が、足りない……!

二人とも初心者なものの、やはり主導権は雲雀にあるために、息継ぎのタイミングがうまく掴めない。

手当たり次第に押し返しては叩き、どうにか彼を離そうとするのだが頭がパニックを起こして冷静な判断が出来ない。


「…んんーっ!んぅー!」

どかっと足が何かを蹴って、バサッとベッドの上から落ちる。

あ…、この音はカバンだ。

頭の隅でふわっとそんなことを思いつき、その音に気付いたのか、唇を離す彼。
肺には痛いくらい急激に酸素が染み渡った。


「っは、はぁっはぁッ」

ごぼごぼっと大袈裟にむせ返って、涙の浮かぶ目尻を手の甲で拭く。

彼が私の上から退き、音の原因であるカバンを拾う。
私はまだ息を調えるのに必死だ。




「…これ、なに?」

「っ…え?」

まだ詰まる息に嫌になりながら、彼の手に持つ何かを見る。


「…!!」

黒い、封筒。


「それはダメ…ッ!」

気だるい身体を無視して飛び起き、封筒に手を伸ばす…、が、あの雲雀がおいそれと私に渡すはずもなく。


「へぇ、これが君の秘密なんだ。」

まるで0点の答案用紙を見つけたかのような口調。
しかしそれには微かな嘲笑を孕んでいたようにも思う。

「雲雀…っ、それは本当にだめなの!お願い…!」


必死になって彼の背に追い付こうと飛び上がっても、雲雀が腕を上げれば手は届かない。
ジャイアンに玩具を取り上げられたのび太の気持ちが今ならよく分かった。
(前なら新しいのを買えばいいのにと思っていたけど、新しいのでは意味がないのだ。)


「主の管理は僕の役目だからね、お嬢?」

ピリッと蝋が外れる音がして、嗚呼、もう駄目だ…。


「……」

無言の雲雀。

私は顔を上げられなくて、彼の燕尾服の裾を掴んだまま俯く。


次に彼が発した一言は、それこそ事件全ての終わりを意味していた。



「…ちとせ、」




―――――――――……



この写真って…、




continue…

と、いうわけで、何でかなー?また次回に延びちまったのなー。
今回の後書きはオレがすることになったんだ。よろしくな!
そういえばこの前、獄寺が「…オレにも燕尾服、似合うと思うか?」って言ってたなー。アハハ、ちゃっかりヒバリの座を狙ってんのな!まぁでも…この前チラッと見たちとせって子、実を言うとかなりタイプだったりしたんだけどな。
オレもヒバリの座狙うっかな。
…ん、おっと。もう時間みてーだな!あーあ、もうちょっと話したかったんだけど、まぁ次のお楽しみってことで!

次の試合は応援来いよな!

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