執事雲雀(完) 映画館 『ぅぎゃぁぁああッ!』 襲い掛かる狼男。 長い爪、飛び散る鮮血。 …その、グロテスクな、 人間の中身。 「ひっ…」 私は余りの恐ろしさに、小さく悲鳴をあげた。 一人目の被害者は男。 二人目は女。 振り向いた瞬間に待ち構えていたかのように、月光に浮かび上がる恐ろしい顔。 怖すぎて泣く事も忘れて、ただただ、手にかいた汗をスカートの端で拭く。 …雲雀はどうしているだろう、こんな怖い映画をみて大丈夫なのだろうか。 貸し切りで、私と雲雀しかいない広い映画館。(こんなスプラッタな映画を見るまでの経緯は、もちろん彼の我が儘から始まった。) 紅しか映らない画面から目を逸らして、彼を盗み見る。 彼は…、 「…くくっ」 …笑ってらっしゃった。 何がおかしいんだろうか、どこに笑う要素があったんだろう。 いやいや彼は、少々人と異なる性質を持っているから何とも言えな……。 『い゙ぁぁあ゙あっ!』 恐ろしい断末魔で再び、視線をスクリーンに戻した。 純白のウエディングドレスが…、裂かれて切られて、もちろんドレスの中まで裂かれて切られて。 …恐ろしい!(の域を超えてる!) 「…ひ、雲雀ぃ」 とうとう我慢出来なくなって、スカートの端もぐしゅぐしゅになってしまって、彼に助けを求めた。 「で、出よう…?」 自分でも情けないくらいに小さくて震えた声。 「…え、どうして?」 彼もスクリーンから目を一瞬だけこちらに向けて、心底不思議そうな声を出した。 …どうしてだと? 理由がいるのか? いちいち理由を説明しなきゃ分からんのか! 『あ゙あ゙あ゙ぁぁッッ!』 断末魔・ザ・リターンズ。 ……ぷち。 何か、切れた音がした。 「…悪い、出る」 短くそれだけ言って持っていたソルトポップコーンを雲雀に押しつけ、映画館を後にした。 出口付近の、ドアの裏側。 …12時すぎ、お昼時。 気分が悪くてランチどころではなくなってしまった。 あーあ、せっかく雲雀とデートなのになぁ……(なんちゃって。) 今ごろ出てきた涙を隠すようにしゃがみこんで、温かみを孕んできた春風に花の香りを感じた。 これから、どうしよう。 彼と、このままでいいんだろうか。 急にふと考えてしまった未来に、なんだか不安になった。 パパにバレたらどうしよう? もし、反対されて、まさか解雇なんて事になったら? ため息の数だけ不安は上がった。 考えるほど論点が出来て、その度に何を考えていたんだろうと思い返すの繰り返し。 …と、不意に背中をさすられる。 慌てて見なくても、相手は分かってる。 来てくれたんだ、雲雀。 「…大丈夫?」 「ん、まぁ」 「…そう」 素っ気ない受け答えが、妙に嬉しく感じる。 けど、さっきの映画の所為で胃のムカムカはなかなか消えない。 何も言えなくなって黙り込んでいれば、 「…あんなの作り話だよ」 慰めようとしているのか、僕はもっと見たかったと言っているのかは分からないけれど。 彼の背中をさする手が、柄にもなく愛しく思えてしまった。 (執事ひとりに依存だなんて、) …彼は、心配というでもなく、馬鹿にしたようなでもなく、続けた。 「…怖かったの?」 狼男が? 「…別に」 口では意地を張りながら。 …ハッ! 怖くないやつがいたら見てみたいですよコラ。 とか怒りつつ、 …あ、いやすいません。 いました目の前にいましたすいません。 とか謝罪してみた。 「ちとせだってすぐに怖くなくなるよ」 「…狼男が怖くなくなったら女の子じゃないもん…」 だから呟くように言った。 語尾に「もん」なんか付けたら、きっと彼は私が幼児化したと思うんだろう。 (急性甘えん坊症候群?) 証拠に、彼も私の隣に座って、頭をなでなでしてくるのだ。 顔を覗き込んで、優しく笑ってる雲雀が恨めしい。 誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだ。 プイと顔を、彼とは違う方向へ向けた。 しかしその仕草すら、もう彼の庇護欲を煽るばかりで。 「ちとせかわいい…」 「うっさい」 不意討ちで染まった頬を見られたくなくて、身体ごとよちよちと向こうを向く。 …向いたと同時くらいに、ぐぅぅ〜…と、腹時計。 (タイミング悪いんだよ!) クスクス。 彼に笑われた。 「ちとせ、何食べにいこうか」 「…ぅぅ、」 恥ずかしいやら彼は紳士的だわで、もう気分悪かったことなんかすっかり忘れてしまった。 後に残るは空腹感。 「くそぅ、マック行く!」 「え、マックって危なくないの?」 「ばか雲雀!狼男ビビんないくせに、マックにビビってどうすんのよ!」 ずかずかずか。 彼の腕を引っ張って、近くのマックへ入った。 …………。 燕尾服の美男子と、 白いワンピースのお嬢様。 それはそれは、注目の的である。 (主に雲雀。熱い視線が集まってる。) ――――――――…… 会計を済ませて着席。 出来るだけ目立たない隅に座ったけれど、やっぱり二人が揃うと目立ってしまう。 彼を見つめていた女の子が私を見てヒソヒソ言っていて、女の子過ぎるのも問題だなぁと思った。 雲雀はそんなこと、気付いた様子はないけど。 (こいつ勘はイイくせに、自分の事となるともうてんでダメなんだから。) 「…もしさ、」 「んむ?(何?)」 「もし狼男が出てきても、ちとせは怖がる必要ないと思うよ」 食べかけたチーズバーガーを口から離して、雲雀の話に耳を傾ける。 「なんで?」 「………、」 にこっと優しく微笑んだ彼に、よく分からないが、自分も曖昧に笑ってみる。 こいこい、みたいに手を招かれて、どうやら耳を貸せという事らしい。 テーブルをまたいで身を乗り出す。彼もまた同じく、唇を私の耳に近付ける。 「…だって、ちとせには僕がいるでしょ?」 あの耳元で囁かれる時の、独特の感じ。 彼の吐息も唇の音も、 いつもより低いような声も……、 すべてを耳に注ぎ込まれるような感覚に、妙なものが背筋に走った。 跳ねようとした肩をどうにか抑えたけれど、頬の赤みにまで気が回らない。 真っ赤になってそのまま固まっている私に、雲雀はまたクスクスと笑った。 …こいつは、確信犯だと思った。 「もう怖くないでしょ?」 「…まぁまぁ」 「そう、よかった」 満足気に笑う彼に腹が立って、まさかこの為に映画に来たんじゃないだろうな、と勘ぐってみる。 「雲雀、ちゅーして」 「…え、」 一応、ちゅーの催促もしておいた。 ―――――――――…… 本当の狼男は、 もっと君の近くにいるんだけどね。 continue… ……。うん、なんか。 なんか違いますね。 なんだろう、何がって言われると分かんないけど。 あ、とりあえず土下座。 すいませんっした!orz ではまた次回! [*前へ][次へ#] [戻る] |