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開拓者が逝く
記憶の爪痕

十六夜の月が昇っていた。


爪で削り取ったように僅かに欠けた月は、それでも煌々と光を放つ。


此方も昨晩は満月だったのか。


つくづく、私は満月に因縁があるようだ。



いや、私達、か。



背後で扉が開く音がした。


振り返るまでもない。誰だかは分かっている。


「話はつけておいた」

隣に立った人物を見上げれば、金糸が月光を反射して蒼く輝いている。


「助かる」


最高僧とは便利なものだ。

身元不明の不審人物でさえ、その一声で身を置く場を用意される。


「明日には此処を発つ」

「そっか」



静寂。


ふと気が付けば三蔵の視線が左手に注がれている。


「……なんで着けてねぇんだ」

「ん?あぁ…」


三蔵が、似合わないことにも渡した、あの指輪のことか。


「傷つけたくなかったからね」


さすがに稽古中に着けている訳にもいかない。


「持ち歩いてはいるが」


首にかかっていたそれを持ち上げる。


酔狂にも手入れを欠かしていなかったそれは、あの日と変わらぬ輝きを放つ。


「貸せ」

「ちょ、痛い痛い痛い!食い込んでる食い込んでる!」


力任せに鎖を引きちぎる気かこの男!


「だぁっ、一旦放せ!」

乱暴な生臭坊主の手を振り払い己の手で鎖を外す。


「ほいよ」

それを渡せば、ほぼ同時に左手を掴まれた。


「外すなつったろうが」


苛烈な意思を湛えた紫闇に、射抜かれる。


「既に、過去だろうに」


そうだ。

もう過去なのだ。

この男との縁はあの時にもう切れたはずなのだ。


「知るか」


否や奪われる唇。


蹂躙するような荒々しさはあの頃とちっとも変わらない。


此方は忘れようと必死であるのに、こんなことをされれば嫌でも思い出してしまう。



本当に、厭な男だ。







寂しくないと言えば嘘になる。


悲しくないと言えば嘘になる。


だが既に、私の存在は玄奘三蔵という人物にとって特別な存在となっている。


自惚れではなくそうなのだと理解しているが故に。


私は死ぬわけにはいかない。


残された者の苦しみを痛いほど知る この男に、再びその苦しみを味わせるなどあってはならない。


その為ならば己の感情などいくらでも崖下に投げ棄てることが出来る。



しかしながら、こうしてみると自分も案外健気なものだなぁ。




ぼんやりと熱に浮かされた思考の中で、私はつらつらと思うのだった。







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あきゅろす。
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