悪魔のホロスコープ Horoscope.11 水を得た魚 2 突如、姿を消した、星ノ原水族館の巨大クジラ。そのクジラとともに、大和の学校のプールへと現れたのは、魚座を司る悪魔の少年・ルカであった。 「選ばないで…って…」 メーナやロキとは違い、星魔王に選ばないでほしいと訴えるルカに、大和が戸惑った表情を見せる。 「それって、どういうっ…」 「あっちです!お巡りさん!例のいなくなったクジラがっ…!」 「……っ」 ルカにその真意を問いかけようとした大和が、遠くの方から聞こえてくる声に眉をひそめる。よく見れば、プール付近に多くの生徒が集まり、教師の一人が、近くの交番まで行って連れて来たのか、警官を案内して、こちらへとやって来ようとしていた。 「おっお巡りさんっ!?」 「マズいなっ」 やって来る警官を見て、焦ったように頭を抱えるレントの横で、ラジュが厳しい表情を見せる。 「これ以上、騒ぎが大きくなると厄介だ。一先ず、場所を変えるぞっ、大和っ」 「へっ?」 そう言って、いつもの弓矢をどこからか出してくるラジュに、大和が首を傾げながら振り向く。 「……っ」 弓を構えたラジュが、そっと目を細め、青い空へ向かって、高々と矢を放つ。 ―――パァァァァンっ! 『うわっ!』 空へと舞い上がった矢から放たれる、眩いばかりの黄金色の光に、群がっていた生徒たちが皆、目を伏せ、身を屈める。 『……っ』 やがて止む光に、ゆっくりと目を開き、顔を上げていく生徒たち。 『あ…あれっ…?』 だが、生徒たちが顔を上げたその時、プールにいたはずのクジラの姿は、なくなっていた。傍に立っていた大和やリーシャ、そしてラジュたちの姿も、同じようになくなっている。 「クジラはどこです?」 「あれ…?幻覚っ…?」 警官に問われ、深く首を傾げる教師。 「大和…は…?」 「さぁ…?」 クジラと共に姿を消した友に、厚志と伸二が、プール際で呆然と立ち尽くす。 「あいつ…マジで人間じゃなくなってきたな…」 「ああ…」 幽霊でも見たかのような青白い顔をして、頷き合う厚志と伸二であった。 『うわっ!』 ―――ザッパァァァンっ! 星ノ原高校の生徒が皆、呆然としている頃、黄金の光に包まれたラジュたちは、人気のない海岸へと移動してきていた。海に勢いよくクジラが落ち、激しい水飛沫が巻き起こる。 「痛たたたたっ…」 「寒ぅぅ〜いっ!」 砂浜へと落ちたレントは、打ちつけた膝に少し顔をしかめ、その横のリーシャは、吹き荒れる海風に、身を震わせる。 「ふぅっ…」 持っていた弓を消し、砂浜で立ち上がるラジュ。 「ここでならゆっくり話が出来っ…」 「高速瞬間ハヤブサ移動っ…!!」 「うっ…」 横からやたらと感じる、キラキラとした視線に、ラジュが勢いよく顔を引きつる。 「凄い!凄いです!ラジュさんっ!さすがは悪の根源に打ち勝つ為に、やって来た正義の使っ…!」 「わかった!わかったから、今は少し黙っとけ!」 ラジュへと尊敬の眼差しを向け、いつもの大和節を見せる大和に、ラジュが慌てて何度も頷き、必死にその言葉を止めさせる。 「うわぁ〜っ!海だぁ!」 「おいっ、魚座のルカ」 「……っ?」 クジラの頭の上から海を眺め、何とも嬉しそうな笑顔を見せていたルカが、ラジュに呼ばれ、振り返る。 「お前、何でクジラを…」 「瓶ゴンっ!?瓶ゴォォ〜ンっ!!」 「んっ?」 ルカに真剣な表情を向けていたラジュが、横から聞こえてくるレントの叫び声に、眉をひそめる。 「何だ?レント。少し静かにっ…」 「ラジュちゃ〜んっ!瓶ゴンがいなくなっちゃったよぉ〜っ!」 「瓶ゴンが?」 「きっと砂浜に落ちた時に、海に放り出されちゃったんだよぉ〜っ!うわぁ〜んっ!」 砂浜に両膝をつき、力なく座り込んで、力の限り泣き叫ぶレント。瓶ゴンがいてもいなくても、泣き叫ぶことに変化はない。 「ラジュちゃんがいきなり、高速瞬間ハヤブサ移動とかしたからっ…」 「何気に私のせいにするな」 こっそりと呟くレントに、ラジュが顔をしかめる。 「別にいいじゃないっ、私が今度、もっとオシャレな瓶、買ってあげるわよっ」 「リーシャちゃんの趣味ってヒドいから嫌だぁ〜っ!」 「ヒドイって何よっ!」 「はぁっ…」 リーシャの怒鳴り声を聞きながら、ラジュが深々と呆れた様子で溜息をつく。 「まったく…」 「とにかく、皆で瓶ゴンを探しまっ…」 「“魚(ウオ)ンチュ”っ」 「へっ?」 皆に瓶ゴンの捜索を言い出そうとしていた大和が、クジラの上から聞こえてくる、ルカの声に耳を傾ける。 「ギョギョっ」 「あっ」 “魚ンチュ”と呼ばれ、ルカの上げた右手の上へと現れたのは、一匹の小さな跳び魚であった。透き通った、きれいな銀色の体をしている。 「海に落ちた小さな瓶、探してきてくれるっ?」 「ギョギョっ」 ルカの言葉に頷き、魚ンチュがルカの手のひらから、広い海へと勢いよく飛び込んでいく。 ―――パァァァァンっ! 「ギョっギョォォ〜っ!」 「ああっ!瓶ゴォ〜ンっ!」 しばらくすると、魚ンチュがその背に小さな瓶を乗せて、海面から、皆のいる陸へと飛び上がって来た。その姿に、レントが目を輝かせ、その場で立ち上がる。 「瓶ゴォ〜ンっ!」 魚ンチュの上に乗っかっていた瓶が放り出され、レントの手の中へと落とされる。 「心配したよぉ〜!瓶ゴォ〜ンっ!」 手のひらに乗った瓶ゴンに頬を擦り寄せ、涙を流しながら笑顔を見せるレント。 「ありがとう!魚ンチュクンっ!」 「ガメぇっ」 「ギョギョっ」 レントと瓶ゴンの礼に答えた魚ンチュが、砂浜で大きく跳ねて、クジラの上にいるルカの手元へと戻っていく。 「偉かったね、魚ンチュっ」 「ギョっ」 ルカが頭を撫でると、魚ンチュは短い返事を返した。 「……っ」 そんなルカと魚ンチュの様子を見つめ、大和が穏やかな笑みを浮かべる。 「でぇっ?」 「んっ?」 大和の横から二、三歩踏み出し、鋭い瞳を見せるラジュに、魚ンチュに笑顔を向けていたルカが、ゆっくりと振り向く。 「何故、お前は星魔王に選ばれたくないんだ?」 「王様に興味がないからだよっ」 問いかけたラジュに、ルカが少しの間も置かずに、あっさりと答える。 「ここまで勝ち上がってきたのも、ただ単に人間界の海で泳ぎたかっただけだしぃっ」 「わかるわぁ!その気持ちっ!」 「リーシャちゃんよりは幾分か、純粋な感じがするけどね…」 「んんっ!?」 「いえっ…」 リーシャに強く睨まれ、戻って来た瓶ゴンと共に、遠くの方へと視線を逸らすレント。確かに、そのルカの事情は、人間界が好きでここまで勝ち上がって来たリーシャと、よく似たものだった。 「じゃあ、水族館からクジラを盗んだ理由は?」 ラジュはその厳しい表情を緩めることなく、更なる問いかけをルカへと向ける。 「人間界に来て、使い魔の魚ンチュが小さくなっちゃったから、別に乗れるものが欲しくてさぁっ」 ルカが魚ンチュの方を見ながら、すらすらと答える。 「星魔界での魚ンチュは、ボクが乗れるくらい大っきかったのにっ」 「人間界に来て、力が弱まっちゃったのね」 「僕の瓶ゴンと同じだぁ」 レントの瓶ゴンが小さくなり、リーシャのハープの力が弱まったように、ルカの魚ンチュもまた、影響を受けてしまったのだろう。 「だからといって、人間界のものを盗んでいいわけがあるかっ、とっとと返して来いっ」 「返したら、海でのボクの乗り物がなくなっちゃうじゃないかぁ、嫌だねっ」 「んなっ…!」 あっさりと首を横に振るルカに、ラジュが勢いよく顔をしかめる。 「返して来い!」 「嫌だ!」 「返して来いっ!!」 「嫌だっ!!」 砂浜とクジラの上で、強く睨み合うラジュとルカ。 「あのなぁっ…!」 「まぁまぁラジュさんっ、子供同士で、そんなケンカしないでぇ」 「誰が子供だっ!」 悪気のない笑顔で、止めに入る大和に、ラジュが怒鳴りあげる。 「私は子供なわけじゃっ…!」 「ルカさんっ」 「……っ?」 ラジュの言葉を遮り、大和が笑顔で、ルカを呼ぶ。 「何?」 「これから僕と一緒に、水族館に行ってもらえませんか?」 「えっ…?」 『……っ?』 ルカへと手を差し出す大和に、ルカやラジュたちが皆、戸惑うように首を傾げた。 ということで、星ノ原水族館。 「ちょっとぉ〜?どういうつもりっ?」 海パンのままで水族館へとやって来たルカが、周囲からの注目を浴びながら、そんなことを気にする素振りもなく、前を歩く大和へと、しかめた表情を向ける。 「何だって水族館になんかっ…」 「あ、ここですね」 「……っ?」 不意に足を止める大和に、ルカが戸惑うように顔を上げる。 「ここが今朝盗まれた、巨大クジラの泳いでいた水槽です」 「あっ…」 大きな水槽の前に立つ、リポーターらしきスーツの女性と、その前に立っているカメラや照明を持った男たち。テレビ番組のスタッフであろうか、何も泳いでいない水槽を映し出している。 「何だ。どこに行くのかと思えば、ボクがとったクジラの水槽か」 途端に呆れた表情を見せたルカが、大きく肩を落とす。 「わざわざこんなところに連れてきて、何をっ…」 「ねぇ〜!お母さん、クジラさんはぁ〜っ?」 「……っ?」 大和が何をしたいのかがわからず、しかめた表情で問いかけようとしたルカが、横から聞こえてくる、まだ幼い子供の声に、ゆっくりと振り向いた。 「クジラはいないのよ」 「ええぇ〜!?クジラさん見たいぃ〜っ!」 「……っ」 ルカよりも幼い、四、五歳くらいの少女が、若い母親の手を掴み、駄々をこねるような声を出している。その姿を目に映し、ルカはどこかハッとしたような表情を見せた。 「クジラさん見たいぃ〜っ!」 「困ったわねぇ…」 さらに叫ぶ少女に、困った顔を見せる母親。 「……。」 その様子を見て、ルカが気まずそうに俯く。 「ルカさん」 「えっ…?」 名を呼ばれ、ルカが顔を上げると、そこには優しい笑顔を見せた、大和が立っていた。 「ルカさんが、海を楽しみに人間界に来たように…」 大和がまっすぐな瞳を、ルカへと向ける。 「あのクジラさんを楽しみに、ここに来る人たちが…たくさんいるんです…」 「……っ」 その大和の言葉に、ルカが目を見開き、ハッとした表情を見せる。 「……。」 考え込むように、そっと俯くルカ。 「だからっ…」 「わかった」 「えっ…?」 すぐに返って来る声に、大和が目を丸くする。 「わかったよっ」 そっぽを向いたルカが、素っ気なく答えた。 「ええぇ〜、クジラはまだ見つかっておらず、目撃者もないため、捜査は難航しっ…」 「……っ」 ―――パチンっ! リポーターが状況を伝える中、ルカが右手の指を鳴らした。 ―――ザッパァァァンっ! ルカの指音が鳴り響いた瞬間、空っぽだった大きな水槽に、巨大クジラの姿が戻って来る。 「ええぇ〜、一体、今頃クジラはどこにっ…って、なっはぁぁぁっ!?」 『ええぇぇぇぇ〜〜っ!?』 急に戻って来たクジラに、リポーターも大きく目を見開き、やって来ていた客からも、驚きの声が飛ぶ。 「どっ…どういったことでしょうか?クジラが急にっ…イリュージョンでしょうかっ…?」 混乱した様子で、尚もリポートを続けていくリポーター。 「ちゃ〜んと返したからねっ」 「あっ」 混乱している水槽前に背を向け、ルカがその場を去って行こうとする。 「ルカさんっ、どこにっ?」 「別にっ。乗り物もないし、王様にも興味ないから、星魔界に帰るんだよっ」 「えっ…?」 素っ気なく答えて、帰ろうとするルカに、大和が悲しげな表情を見せる。 「そんなっ…!」 「待て」 「……っ?」 呼び止めようとした大和の横から、大和よりも先に、ルカを呼び止めるラジュ。 「ラジュさん?」 「……っ」 首を傾げる大和の横で、ラジュがそっと口元を緩める。 「私に考えがあるっ」 「えっ…?」 不敵に笑うラジュに、ルカは眉をひそめた。 数日後・星ノ原水族館。 「はぁ〜いっ!こんにちはぁ〜っ!今日の主役はぁ、イルカのルッピー君っ!」 子供やカップルで満員の観客席に囲まれた、大きな水槽へと姿を現す、一頭のイルカ。 「そしてこの方っ!イルカ乗りのルカくぅ〜んっ!」 「やっほぉ〜っ!」 『きゃああああああああっ!!』 水槽の中から飛び出してきたルカが、大きく手を振りながら、軽い動きでイルカの背の上へと乗ると、観客席から割れんばかりの歓声が響いた。 「今日もボクとルッピーのイルカショー!楽しんでいってねっ!」 『きゃああああああああっ!!』 ルカの言葉に、さらに歓声は大きくなる。 「すっごい歓声っ」 「ルカクンがショーに出るようになってから、お客さん五割増しなんだってぇ」 大きな歓声を上げる客の間に混ざって、客席からルカの様子を見つめるのは、リーシャとレント。大きな歓声に耳を塞ぐリーシャの横で、レントは嬉しそうな笑顔を見せていた。 「それにしてもイルカのショーだなんてっ、よく思いついたもんねぇ〜っ」 「いなくなったクジラの水槽を見に来た時に、たまたま見かけただけだ」 感心したように振り向くリーシャの横で、ラジュが素っ気なく答える。 「あいつにぴったりの場所だと思ってな」 「確かにっ、ルカさんにぴったりですねぇっ」 リーシャとは逆側のラジュの隣に座った大和が、ショーを見ながら、楽しそうな笑顔を見せる。 「さっすがラジュさん!正義のっ…!」 「味方ではないからな、私は」 続く大和の言葉を先に言い、尚且つ、大きく首を横に振るラジュ。 「でも、お前もよく説得したもんだな」 「えっ?」 感心するような視線を向けるラジュに、大和が首を傾げる。 「あの意固地な子供に、クジラを返すようにさっ」 「ああっ」 頷いた大和が、大きな笑みを零す。 「どっちかって言うと、ラジュさんの方が意固地な子供っ…」 「私は子供じゃないっ!」 思わず言葉を出す大和に、ラジュが強く怒鳴りあげる。 「ルカさん、僕たちが何も言ってないのに、自分から瓶ゴンを探してくれたでしょう?」 「えっ…?」 大和の言葉に、ラジュが眉をひそめる。 「だから、“この人は、言葉にすれば、わかってくれる人だ”って、そう思ったんですよっ」 「……っ」 そっと微笑む大和を、少し驚いたように見つめるラジュ。 「……。」 視線を落としたラジュが、その表情に笑みを浮かべる。 「負けず嫌いの私も…お前には敵いそうにない…」 「へっ?」 小さく落とされたラジュの声を聞き取れず、大和が大きく首を傾げる。 「何か言いましたぁ?ラジュさん」 「いやっ、別に…」 こうして、魚座のルカが巻き起こした、クジラ盗難事件は、終わりを告げた。 残る悪魔は、あと六人。 [*前へ][次へ#] [戻る] |