main リボルバーに愛を込めて*雲骸 ※「キチガイ沙汰の恋」続編 骸の頭がおかしくなっています。 !死にネタです! よもやこのように筆を取ろうとは夢にも思わずに生きて参りました。 西へ沈む月が見えて今宵は心穏やかな気持ちでございます。 手酌の酒は甘く硯の滑りもよろしいことで、この上ない手記日和でございます。 とっぷりと夜も暮れました。 さあ猫の爪の月が朝に連れて逝かれぬ内に、僕の千夜一夜を終わらせましょう。 なに、危惧することはありません。 夜が明ける前に、すべからく終わるのですから。 43歳の誕生日の夜のことです。恋人を殺しました。 32口径のリボルバー式拳銃で頭を一発。こめかみに。 ええ、なかなかのものです。 重い銃声と派手な硝煙は記憶に鮮明なものです。 その日、仕事のボスに辞表を出した僕はその足で真新しい銃弾を買いました。 仕事柄そういった物騒なものを調達するのは容易でした。 カタギではなかったのです。 もっとも僕は生まれもってカタギなんてものに縁の無い男です。 気に食わなければ殴る、気が向けば殴る。 中学校ですでに御山の大将でした。 あの頃は随分やんちゃしたものです。 群れを見ればすかさず鎮圧、煙草を見ればすぐさま鎮火。 喧しい奴と邪魔する輩は端からどんどん排除もしくは撤去することで世のため人のために。 趣味は喧嘩。好きなものは学校。ペット鳥。 そんな青春。 初恋は15の春でした。 恋だの愛だの惚れた腫れた焦がれただの、丁寧にくるんでは捨てていた僕のそれは、随分遅咲きだったと言えるでしょう。 なんたって思春期まっさかり。生意気盛りの若輩者の僕が、 色恋に現を抜かすのを善しとはしないのですから。 例えれば僕は針鼠のように体中を針山でくるんだ有様で、 獲物の近づこうものなら喉元を一突きなのです。 それこそ来る者去る者見境なく、火に入る栗の如くなのです。 最初で最後の僕の恋。…こい、とあれは言うんだろうか。 最初から愛していたとしか言いようが無いほど、まるで飛び抜けたそれでした。 まず殴りたい。まず泣かせたい。 そして庇護したい。否むしろ、 庇護したいがために泣かせたいがために殴りたいのでした。 件の男がその高い鼻をへし折りかしずくのなら僕はもうなんだっていいのでした。 そのためにかしずいてくださいとかしずくのでした。 強烈な互いの個性に惹かれ合い、互いのそれを打ち消し合う日々。 ただ漠然と二人なら無敵だと信じて疑わない。二人でいればあらゆる厄災の前に笑っていられる。 そう地球が割れる日も。 とにかく昼のうちに弾薬を買って僕は同僚に会いました。 山本武という男で僕のやんちゃな頃を知るいやな奴です。 しかしどうしてなかなか良い男なので、少し嫉妬もしています。 30半ばを過ぎて奴はいっきに魅力を上げました。 綺麗な逆三角形の体と上腕筋。老け顔のよく似合う男です。 年下のくせに寛大で包容力があります。彼はむかし僕のことを好きだったのでそのなごりもあるそうですが、 僕は未だに初恋の君一筋なので別段どうでもいいはなしです。 山本武は僕が今銃弾を抱えて家に帰って何をしようとしているか、知ったら止めるだろうと思いました。 止めるだろうと思いましたから、何も言わずにありがとうと言って別れました。 彼は慣れない僕のことばに少し戸惑ったようでした。 勘の鋭い僕のボスは、辞表を突きつけたとき既に泣いていました。 なんて情にもろい、世界一規模の大きなマフィアのボスの小さな男。 そんなんじゃだめだよって何度も言ったはずですが、彼はいつまでもダメなままなのです。 銃弾を持ち帰り、家中にガソリンをまきました。これは大事な下準備です。 使用人の2人の死体もまとめて焼いてしまうのです。 ガソリンはボスからいただきました。ボスはダメですがあれでなかなか頭が切れます。 同僚との別れはこれっきりでした。 リボルバーに弾を噛ませます。威力は申し分無い32口径。 ひとたび頭を打ち抜けば造作もない。赤子の手をひねるように。 たちまち爆発。すぐさま炸裂。 泡を吹く間もなく…ええ、もちろん。なかなかのものです。ええ、ええ。 よもや、件の銃で最愛の人を撃ち抜こうとは、夢にも思わずに。 六道骸はすっかり気が触れていたわけですが、僕の言うことは八割聞きました。 今夜もご丁寧に気に入りの安楽椅子に揺られています。 膝に抱いた腐りかけの吉岡さん(※家政婦)の生首を大事そうに撫でています。 そういえば庭師のマーレの胴体を彼はどこへ隠したのでしょう。 手足は風呂の浴槽とシンクから見つけたのですが。 20年仕えてくれた二人の使用人を骸は殺してしまいました。 ばらばらにして家中に隠したのです。 気違いのくせに巧妙にしたもので、二人の全身は永久に見つからないような気さえする。 緩急な動きで僕は撃鉄を起こしました。 これは僕が16歳の誕生日に恋人がくださったものなのです。 護身用にとのことでしたが、正直拳銃は性に合いません。 筒の中でエクスプロードする弾丸の衝撃を受け止めることがやっとです。 まるででくのぼうです。 人の骨の軋む感触も、今ひとつの命が弾ける様も感じることができないのですから。まさしくでくのぼうなのです。 ベテランマフィア20年。トンファー一本で戦い抜いてまいりました。 その僕がはじめて撃ちぬく人間が恋人だなんてむごい話ではないですか。 ああ身が焦がれそうです喉仏が焼けそうです。 逆流しそうな嘔吐物を必死で飲み込み飲み込みやりくりします。 ああ、ああ食道がいたい。五臓六腑が燻ります。 畜生なんでこんなこと、僕がしなけりゃならないんだろう。 誰彼構わず殺せっていうならいくらでもするいくらでもする。 だけどよりにはよりまくってなんだってこの人に僕がぶっ放さなけりゃならないんだ。 畜生畜生・・僕ばっかり。畜生。 震える指先を引き金へ。足を肩幅に開き、左手を銃身へ沿えて構えた。 銃口は真っすぐに、六道骸のこめかみへ・・どうせ気違いだ。 白痴の骸がこの目論見を分かりはしないだろうが、せめて知らぬ間に殺してあげられる。 これは仕方のないことでした。 頭のおかしくなった彼を放っておけはしないのだもの。 「ひばりぃ・・くん」 吉岡さんの生首が血だらけのソファに転がった音を覚えている。 真っ赤な骸の手がのびてきて僕の首を絞めた。 無理もない。君を殺そうとしているのは僕だものね。 だけど思いのほか、手は僕の体をやさしく抱いて、銃口を引き寄せた。 六道骸とはじめて対面した日のことは忘れない。 不気味な右目と憎たらしい顔が最初から僕の全部を物語っていた。 お前のことはみんな知っているとでも言いたげなあの目と顔。 そう気が触れた今でも、骸は僕のことをわかったような顔をする。 頭はおかしいくせに僕が、何をしようとしているのかわかるみたいだった。 甘んじてこの銃弾を受けますとその目は言いたげだった。 自分が僕に負担だとでも思うのだろうか、自分の気が触れたのをわかっているのか、 それとも、僕の、企てを知っているのか。 心の底まで見透かされている。心の臓までわしづかみにされている。 ああ恋しているな、と僕は突然理解しました。 人にわかってもらうのをこんなに喜んでいる。人のことをわかろうとしている。 僕の青春には皆無だった、理解するされる喜びでした。 「大丈夫だよ骸」 さあもう終わりにしましょう。もうつかれた。 君の魂は僕が責任もって連れてゆきます。輪廻にさらわれてしまわぬうちに。 死は旅立ちです。魂の船出です。 遠いイデアの国に世の理がございます。 真理の扉の向こう側。三途の川の対岸に、美の骨頂がございます。 イデアがてぐすねを引いてお待ちです。 混濁たる美に喰われる俗世はクロノスのはんだおくるみが如く。 中身が石だとは知らずに。 このリボルバーに丹念に込めるのはさながら僕の愛なのでしょうか。 「ひばぁりくん」 「なあに骸」 「てぃあーもですよ」 舌っ足らずな愛のことばに僕はもうめろめろ。 「あいしているよ」 さあこのリボルバーに愛を込めて、たわむれではなく。 君の脳髄までしびれさせるようなそれをさしあげましょう。 引き金のひとつふたつ、なに2人なら恐くない。 ただ漠然と二人なら無敵だと信じて疑わない。 二人でいればあらゆる厄災の前に笑っていられる。 そう地球が割れる日も。 銃声は二回ありました。 よもやこのように筆を取ろうとは夢にも思わずに生きて参りました。 西へ沈む月が見えて今宵は心穏やかな気持ちでございます。 手酌の酒は甘く硯の滑りもよろしいことで、この上ない手記日和でございますが、 東の空が白んでまいりましたようで、 酔いも随分まわったようで、 硯の墨もそろそろ潮時でございます。 逝かなければなりません。 お後も随分よろしいようで・・・ 親愛なる貴方へ、 end. [前へ] [戻る] |