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花とはち*雲骸
(前編)




あれは僕が、あるお家の庭先に咲いている梔子だった頃のことです。
暑い夏の日に、僕は芳香の強い白い花を咲かせました。
(梔子というのはどれもそうなのですが、僕はとびきりそうだったのです)
僕はお庭に咲いているどの花よりもうつくしかったので、
(坊やが宿題に観察している朝顔よりも奥さんが大事にしている花菖蒲よりもですよ!)
お休みの日はその夏中学1年生の坊やが、
坊やの学校の日は旦那様が単身赴任中の奥さんが、
それはそれは目をかけて毎日水をくださいました。



一体どんな殿方が僕を見つけてくれるのでしょう?



殿方というのは、お花の蜜を酌みにくるハチさんのことです。
ハチさんはとびきり綺麗なお花のところに蜜を酌みにくるのです。
見初められてハチさんと恋に落ちるお花も珍しくありません。



僕は僕だけを愛してくれる、



僕の蜜だけを酌んでくれるハチさんを夢見て、
それはそれはつよい芳香を放ちました。



はやくはやく、素敵な殿方がいらしてくれますように!














ある晴れの日の朝のことです。
それはブーンという羽音とともにお庭へやってきました。


ハチの大群です。


花びらに溜まった朝つゆと、甘い蜜を酌みにやってきたのでしょう。
お庭に出ていた坊やがあわててお家に隠れます。
(「ツっくんはやくいらっしゃい」とゆう奥さんの声)
殿方たちの訪れに、花たちが一斉に色めきだち、
(朝顔も花菖蒲も金木犀もみんなです)
お庭はまたたく間に、むっとするほどのあまい香りに包まれました。


ああこんなにたくさんの殿方のどなたかが、

僕を愛してくれるのでしょうか?




「待ちなよ」





ところが思いがけず。

その殿方は、他のハチたちとまったく別の茂みから、
僕を呼んでくださったのです。




「その“くちなし”は僕のものにするから、手を出さないでね」




とても美しいハチでした。
黄色と黒のまだらが丁度均等で、長い手足を持っていました。
触覚は申し分が無いほど美しい弧を描いています。
毅然とした態度のどこにも落ち度はありません。
静かに羽をふるわせて、
その殿方は僕の白い花びらの上へふわりと降り立ちました。



「やあ」

「こ・・こんにちわ」



僕はどきどきとして、おしべをちいさくふるわせます。




「君はうつくしいね。
この庭の中で一番だ。
僕はうつくしい花の蜜しか吸わない。

だから君の朝つゆと甘い蜜を、
僕にわけてくれないかい?」





なんてことでしょう。


僕のことをうつくしいですって!





それはとても紳士的な物言いでしたので、
僕はその殿方とすぐに恋に落ちてしまいました。

お名前は、ヒバリさん、ですって。

なんて素敵なお名前!
(たとえどんなお名前でも、僕はこう叫んだでしょう)












その日は坊やがおうちにおともだちをつれてきました。
奥さんはお庭にお水を撒きながらにこにこしています。
(だって坊やのおともだちなんて、僕もはじめてみますから)
ヒバリくんはさっき朝つゆと蜜を酌んで、
(僕に去り際のキスもくださって!)
巣に持ち帰ったところです。
お昼になったらまた会いきてくださるというのだから、
僕も奥さんといっしょににこにこしていました。

いつもよりずっとずっと花びらを綺麗にひろげて、
いつもよりもっともっといい匂いをさせて、
しじみ蝶の京子さんに葉っぱの上の土も落としてもらったんです。




殿方にお会いするときは、いちばん綺麗なお花になりたいんですから!





「よお、今日はご機嫌だな骸」


花粉が花びらの上に散らばっていないか注意していると、
突然ケシの木の上から声が降ってきました。

蜘蛛のディーノです。

ケシの枝に巣を作っている最中なのです。


「こんにちわディーノ。巣は順調ですか?」

「ん、まあまあだな!それより、またハチの小僧が来るのかよ?」

「はい、そうなんですよ」


白い糸をしゅるしゅると口から吐きながら、
ディーノが僕をひやかします。
でれでれしてると花びらが垂れるとか、
締まりの無い茎になるとか、





余計なお世話なんです!
(でも、垂れた花びらをヒバリくんはお嫌いでしょうか・・・・・)






それからディーノとしばらくおはなしをして、
(お家の中から楽しそうな声)
奥さんが水撒き用のシャワーホースを丁寧に片すころになると、
近くの茂みからブーンという羽音が聞こえてきました。


ヒバリくんです!


僕は花びらをたくさんひろげて、花粉を振りまきます。

待っていたんですよ僕の愛しい人。
いつもよりずっとずっと花びらを綺麗にひろげて、
いつもよりもっともっといい匂いをさせて、
しじみ蝶の京子さんに葉っぱの上の土も落としてもらったんですよ!

このお庭の中で僕がいちばん綺麗でしょう?
僕を一番愛してくださるのでしょう?
僕だけを愛してくださるのでしょう??

はやくはやく、
この花びらの上にいらしてください。
(花粉の一粒だってこぼれていません!)

それで、僕の知らない遠くのお庭のお話を、
たくさん聞かせてくださいな。







「よお、ハチ小僧。元気か?」


ケシの木の横を飛んでいこうとするヒバリくんに、
ディーノが挨拶をしました。

ああ口から糸をしまってくださいよ馬鹿蜘蛛!
(ヒバリくんはだらしないのが大嫌いなのです)


「うざいよ君。
邪魔しないでくれる?」

「ひでーな、応援してやってんのに!」

「なんでもいいけど、
僕の骸に話しかけないで。
綺麗な花びらが穢れるから」

「なっ・・!」

「それから口に糸しまいなよね」
(ああやっぱり)


言い負かされて二の句が告げないディーノの横を、
ヒバリくんは澄まし顔で颯爽と通り過ぎようとします。
(クールなところも素敵ですよヒバリくん!)





ところが、









ベチャ。

「!!」








その不快な効果音は、蜘蛛の糸のものでした。
ディーノが今朝方仕掛けた蜘蛛の糸です。
作りたての糸は粘着性抜群で、
どんな小さな生物も絡み摂って餌にしてしまいます。
ヒバリくんは、それにかかってしまったのです。


「なっ・・何これ!?」


薄くて綺麗な羽が蜘蛛の糸にくっついてくしゃくしゃです。
自慢の触角も曲がってしまって、
(なんてことでしょう!)


ヒバリくんはかんかん。


「ちょっと!どうなってるの!」

「あーあ、かかっちまったな」

「朝はこんなところに無かったのに、
勝手に巣づくりしないでよね!」


たはは、と8本足をばらばらに動かして笑うディーノを、
ヒバリくんはさんざん罵倒します。
(馬鹿蜘蛛とか、種蜘蛛とか)

ああ長い足も糸に絡まってしまって、
かわいそうなヒバリくん。


「いいからほどきなよ。
だけど足の一本でも食べてごらん。
刺してやるから」

「わかってるって;
骸の目の前で食うわけねえだろ」
(僕の前でなくても食べちゃ駄目ですよ)






僕はディーノが「あれ?」とか「おかしいな?」とか言いながら、
糸をほどいてゆくのを風に揺れながら眺めていました。
お家から坊やとそのおともだちの楽しそうな話し声
(坊やはお庭の自慢をしているようです)
ケシの木の木陰から奥さんの鼻歌が聞こえてきます。
「野原の薔薇〜」とゆう歌
(奥さんは機嫌がよい時いつもそれをうたうのです)

僕はそわそわしました。

さっさと糸がほどけないでしょうか。
はやくはやく、この花びらの上にいらしてください
(花粉の一粒だってこぼれていません!)

それで、僕の知らない遠くのお庭のお話を聞かせてくださいな。



ヒバリくんヒバリくん・・・・









!!










ところが、暗雲はとっくに立ち込めていました。



地面に影を落とす、

獰猛な“けもの”。



ディーノは糸をほどくのに夢中で気が付きません。
ヒバリくんはディーノを罵倒するのに忙しくて、気が付きません。

ああどうしたら。

ヒバリくんよりも何倍も何倍も大きい。
ディーノも恐がるあの影は・・・






「ヒバリくん!小鳥さんです!」






僕はそよぐ風にめいっぱいの花粉と芳香を乗せて、

奥さんの方へ飛ばしました。














黄色くてふくふくとした小鳥さんでした。
(何故か坊やの学校の校歌を口ずさみながら)
ヒバリくんのところへやってきます。
ちいさな虫は小鳥のえさなのです。



このままでは食べられてしまいます!



「!」

「やべえ!」


ディーノの顔が青ざめます。
(蜘蛛にとっても小鳥さんはこわいのです)
まだ糸はほどけません。
ヒバリくんは身動きがとれないまま。
僕はとびきり強い芳香を振りまきました。



奥さん奥さん!気付いてください!




「くそ・・っここまでか・・−−−!」


ディーノが音をあげるころ、
僕の芳香が風にのり、
ケシの木の木陰の奥さんに届きます。




「まあ素敵な香り」




すっくと立ち上がった奥さんの手には、
土いじりのためのシャベル。
汚れたエプロンに泥がすこしついていました。
茶色い髪と幼顔が少し坊やに似ています。

僕は毎朝お水をくれる奥さんに
たくさんおねがいしました。





ヒバリくんを助けてください!
あの人を殺さないで!

毎朝のお水も美味しい肥料も、
嵐の日のビニールの風除けもいりません。


綺麗じゃなくてもいいんです!


僕はどんなに枯れてみすぼらしくなってもいいですから、
だからヒバリくんを助けてください!


奥さん奥さん、
おねがいです。







僕の声は聞こえたのでしょうか、
(わかりませんが)
人間の耳はとても悪いと聞きます。
人間はお花の声も草木の声も聞き取れないんですって。
なんて脆弱な生き物なんでしょう。
それに人間は頭が悪いですから、
人間の言葉しか理解できないんですって。
猫語も犬語もわからないんですって。
たとえ生まれ変わっても、僕は人間なんかには絶対になりたくありません。
(耳も頭も悪いんですから)


ところが奥さんは、ふと目の前の蜘蛛の巣に目をとめられました。





「あらあらこんなところに蜘蛛の巣があったら困るわ!」
(「ツッくんが頭にひっかけたら大変!」)



そう言って、手にしていたシャベルを一振り。

ディーノの蜘蛛の巣を壊してしまいました。


「うわっ」


ディーノは間一髪。
8本の足で糸にぶらさがっています。

ヒバリくんはというと、







ケシの木の根元に無事でいらっしゃるじゃないですか!









このお庭の土は奥さんが毎日お水をあげているものですから、
やわらかくて落ちても痛くはありません。
小鳥さんに食べられてしまう前に、
巣は決壊したのでした。






ああ良かった!

僕の愛しい人が食べられてしまわなくて!


ほんとうによか









「・・・・骸・・?」








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