Thousand Clover §,2 「康成、どうだった?」 煙草に火を付ける川端に、政次郎は尋ねた。 「まずいな。記憶が戻りかけてる」 「やっぱり、そうか……何とか出来ないものだろうか。あの子が、もし完全に思い出したら」 政次郎は当惑の表情を浮かべた。 川端も方法が分からず閉口してしまう。 記憶が戻る事など、絶対にあってはならない。 忘却のままでいい。 指にはさむ煙草がくゆって、六月のそよ風が煙をさらった。 川端は代わりに別の事を教えた。 「数日前、あいつと会った」 政次郎からは、思っていた通りの反応が返ってくる。 「ほ、本当に、戻って来たのか?」 「ああ…本当だ」 「そうか……このタイミングといい、私は嫌な予感がしてならないな」 動揺のこもる声音に川端も同意する。 「俺もだ……」 どうやら過去の記憶は長い眠りから、醒めようとしているらしい。 運命の歯車は、無情にも回り出した――… [*前へ] [戻る] |