俺のもうひとつの物語
最期
「今夜が峠です」
年配の医師の言葉に俺が横たわるベットの傍らで母は泣き崩れ、父は静かに俯き震え、兄は泣き顔を隠す事なくただ…静かに佇んでいた。
室内にはピッピッという機械音と、シューシューと俺が付けているマスクに酸素が送られてくる音、そして、母の泣き声が響いている。
今年始めに発覚した俺の病。それは質が悪い上、治療困難。今日この瞬間迄、俺をはじめ家族全員は奇跡が起きる事を切に願っていた。
…でも、どうやら奇跡が起こる気配はない。
17年…人より少し短い人生だったな…。
他の人はどう思うか分からないけど、俺にとっては、まあまあ良い人生だったかな?
優しい両親と兄。
病気が発覚してからは輪を掛けて優しくて…
なのに、沢山心配させて…
沢山迷惑かけて…
それだけは申し訳なかった。
皆が優しさと愛情を沢山くれたのに、一つも返せないまま、俺は今この世から消えようとしている。
「!?…何?どうしたの、春美。何か言いたいの?」
母が俺の異変に気付いて、顔をクシャクシャにして聞いてきた。
呼吸がしにくく、苦しい。でも、これだけは言いたい。
俺は酸素マスクの中から、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「…あ、りが…と…」
たったそれだけの言葉なのに、途切れながら息切れしながら…
でも、気持ちだけはいっぱい込めて…頬の筋肉を動かして笑顔を作り、感謝の気持ちを伝えた。
俺の親でいてくれて
俺を産んでくれて
俺を育ててくれて
俺の兄弟でいてくれて
俺を
沢山愛してくれて
本当に
ありがとう
ピッピッ、ピ――――――――――――
俺の短くて…でも充実してて
苦しくて…でも嬉しくて
悲しくて…でも楽しくて
辛くて…でも笑顔がいっぱいで
不幸で…でも最高に幸せな…
人生は終わった…
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